店主こだわりの本が並ぶ書店
【Title】荻窪
まったく新しい、けれどなつかしい
古民家をリノベーションした建物。新刊書店として息を吹き返した。
ありそうでない、よく吟味された本が並ぶ
子どもの頃、町の商店街を歩いていると小さな書店を見つけてワクワクしたことはないだろうか。入口の棚には雑誌の最新号が置かれ、奥には本棚がズラリと並んでいる。大型書店のような品揃えではないが、その分、人気の本がよく選ばれている。
JR「荻窪駅」から少し離れた青梅街道沿いにひっそりと佇む書店「Title」は、そんな懐かしさを感じつつ、店主の辻山良雄さんが選んだ今読んでおきたいと思える新刊が並んでいる。
「普段の自分でいられる楽な場所が良いと思っていました。荻窪は編集者や作家、デザイナーさんなどが多く住んでいて、土地柄なのか、みすず書房や岩波書店の本などがよく売れるんですよ」と辻山さん。もともと2015年7月に閉店したリブロ池袋本店の統括マネージャーだった辻山さんは、その2年前に母が亡くなり、生き方を見つめ直したいと考えていた時期だった。そして2016年1月10日に自分で小さな書店を開いた。「1000坪あるような大型店だと自分だけでは全てを把握できません。ここでは一冊一冊、具体的に売れ方が見えてきます」
店に入ると何だか〝美しい〟と感じるはずだ。よく見ると宣伝用のPOPが、極力飾られていないことに気がつく。「キレイに置いておけば、良い本であれば何かを発するはずです。なるべく本の顔を邪魔しないように、お客さんとの出会いを大切にしてあげたいと考えています」
店の奥は8席ほどのカフェスペースになっており、コーヒーを飲みながら購入した本を読むのもいい。また2階はギャラリースペースになっており折々の展示を行う。
もうひとつ近年の傾向として注目したいのはSNSなどを活用した情報発信だ。ホームページでは「毎日のほん」と題してお勧めの一冊を紹介。さらにツイッターで刊行記念イベントの告知も行っている。しかし何といっても本拠地は〝リアル書店〟である。
「本には一冊一冊に違う世界が入っています。ネット検索だと自分でフィルターをつくってしまいがちですが、書店という前段階の広いフィルターがあれば、目的とは全く違う本と出会える機会にもつながります。1時間以上も本棚を眺めているお客さんもいますよ」と辻山さん。あらためて本の魅力の原点を発見できる場所だ。
【H.A.Bookstore】蔵前
本の制作・流通・販売を手がける
床板や手作りの本棚などに温もりを感じられる空間。
本作りから流通・販売まで実践するスタイル
蔵前はものづくりの匂いのする町だ。雑居ビルの入口に「本」と書かれた看板。何だろうと階段を上ると一室に小さな書店がある。松井祐輔さんが営 む「H.A.Bookstore」である。丁寧に作られた長く販売できる本が並んでいる印象。リトルプレスなど手に入りにくい雑誌も並び、D.Y.I.で手作りした本棚は温もりがあって本と調和している。
もともと出版社の経理部や本の流通を担う取次会社で働いていた松井さんは「本の全てに関わりたい」という思いを抱いていた。その一貫として始めたのがこの書店だ。平日は内沼晋太郎さんが代表を務める「numabooks」に勤務しながら、週末など限定でオープンする。「町を歩く人が偶然立ち寄ってくれたりしています。書店の魅力は、リアルな棚があることで不特定多数の本が視界に入ることだと思っています」と松井さん。面白いのはリトルプレスだ。例えば推薦してもらった廃墟や珍スポットを紹介する「八 画文化会館」は知る人ぞ知るインディペンデントマガジン。また松井さん自身もインタビュー雑誌を手がけている。小さな出版社の新刊なども並び、大型書店では見つけにくい良書を発見できる。「本を売ること、作ることに差異はありません」と松井さんは考えている。
今後注目したい「本のある空間」のカタチといえそうだ。
【歌舞伎町ブックセンター】新宿
「LOVE」の本が並ぶ
バーの壁面に置かれた本棚。書店だと気づかないお客さんも多かった。
ホスト書店員が注目を集めた書店
2017年10月、歌舞伎町にオープンして話題となった「歌舞伎町ブックセンター」。バーの一角を利用した書店で、「LOVE」をテーマにした本が並ぶ。といっても恋愛だけでなく人間愛やフェニミズムなど選書は幅広い。書店員だけでなく本物のホストも店頭に立つというのも新感覚である。現在、2019年2月の移転に向けて10月7日に一時閉店したが、同じ歌舞伎町で来年リニューアルオープンする予定だ。
「歌舞伎町は居心地が良かったんです。多様な人がいるということが本棚にも表れていると思います」と話すのは書店員のひとりである森山さん。山形や岐阜など遠方から足を運んでくれるお客さんもいたそうだ。
オーナーの手塚マキさんも元ホスト。若いホストたちに読書をさせて心の幅を広げてほしいと考えていたのが開店のきっかけだ。「本を通じて色々な人の気持ち、感情を知ってほしい。昔は背伸びをして教養のように本と接していましたが、今は素直になりました。本と共に生活することが好きなんだと思います。手に持って運びたい。人に例えるなら電話するのと会うの、どっちが好き? という感じですね」と手塚さんは笑う。
書店だと思わずに立ち寄ったお客さんに本を勧めたり、あるいは逆に教えてもらうこともある。本を通じたコミュニケーションの場だ。移転後の取り組みにも注目したい。
【往来堂書店】千駄木
世の中の面白いが詰まった町の本屋
書店の外観。旬のトピックを収集して棚づくりを行う。
町の書店と聞いて、人が思い浮かべるイメージがそのまま具現化された空間である。店頭に置かれた雑誌の棚が呼び水となり、店内に足を踏み入れると様々なジャンルの本が過不足なく並んでいる。子ども連れの母親やジョギング中の夫婦など、地域の人たちが立ち寄っては本を探している。店長の笈入建志さんは話す。
「本を買ってくれる人は一定数変わらずにいます。名のある著者だから売れるわけではなく、読者に近い企画を立てている本が着実に売れているという印象です」
同店は文脈棚と呼ばれる棚づくりで知られる。ジャンルではなく、関連する本を笈入さんの感性で並べて出会いを演出している。「例えば世の中で議論になる出来事は、家族や差別、政治など色々な問題と関係しています。埋もれてしまっている地味な本も集めて棚づくりをしたいです。こんな本もあるんだと気付いてもらえれば、またお店に来てくれるきっかけにもなると思います」
こうした新刊書店を巡っていると決して流行だけで本を買う時代ではなくなっていると感じる。「本屋に発見を求めてお客さんは来てくださいます。最近は動物の気持ちに関する本がなぜか動いていましたよ(笑)」
気軽に書店に立ち寄ってみてほしい。そこには自分の思いもよらない世界が広がっている。
【POST】恵比寿
海外出版社から輸入した美術書専門店
どれも日本では見ることができないような洋書が並ぶ店内。
閑静な住宅街に木調の白い壁が印象的な建物が佇んでいる。ガラス張りの向こうには本棚があり表紙が美しく見えるように一冊一冊が丁寧に飾られている。恵比寿の海外の美術書専門店だ。古美術書を扱っていた「limArt」の場所に、2013年より代々木の書店「POST」が移転。古書と新刊を扱うようになった。
もともと倉庫だったという建物は趣があり、木の温もりあふれる店内は写真集やアートブックがよく映える。「音楽をレーベルごとに聞いて表現を深掘りするように、出版社ごとに本を見ることで発見があるのではと思います」とストアマネージャーの錦多希子さん。
並んでいる本はドイツやフランス、アメリカなど主に欧米の出版社から輸入した貴重な美術書ばかり。デザイナーや写真家などがインスピレーションを求めて本を探しに来る。入口の本棚は各出版社ごとの新刊を並べる特集棚になっており、2カ月ごとに入れ替わる。この日はアメリカのサンタフェにあるラディウスブックス社の本が並んでいた。
「美術書は手に取って見ていただくことで、初めて紙の選び方や印刷の風合いなどを感じられます。実物を見ることは代えがたい経験になると考えています」
近年は純粋に欲しい、贈り物にしたいという一般の人も多いというが納得の本ばかりである。
【森岡書店 銀座店】銀座
作り手と読者が喜びを分け合う空間
この日は日高理恵子さんの作品集を販売。
”一冊の本を売る書店” をコンセプトにして
2015年5月にオープンして3年が過ぎた。〝一冊の本を売る〟という斬新なコンセプト。期間を定めて一種類ずつ本を並べ、派生する作家の展覧会などを行うというモデルが当時注目を集めた。店内の床面は黄金比になっており、中央のテーブルに置かれた本が非常に際立つ仕掛け。書店かつ、ギャラリーでもある独特の空間に思わず人は吸い込まれる。「日本の出版文化に助けられている感覚があります。斜陽と言われても世界的に見れば日本の出版点数と質はとても成熟しています」と語るのはオーナーの森岡督行さん。書店の役割がここ15年くらいで変わったと感じているという。そのひとつはコミュニケーションの場になったということだ。
「本を作り上げた喜びを作り手や読者の人たちで共有してほしいと思っています。本は経験に近いもので、自分たちの気持ちに及ぼす影響も違う気がしています」
約1週間に一冊の本を販売、年間で50冊程度を扱う。どれも森岡さんが素敵だと思う一冊だ。「花見のような感覚です」と笑う。そこで作家と読者が集い、つながる。「本は編集や作家、デザイナー、印刷会社など関わる人がとても多い。色々な方とやりとりをすることで自分にも発見があります」
誠実に作られた本を、誠実に販売する。その積み重ねが同店の続いてきた理由だと感じられる。
【双子のライオン堂】赤坂
選者の推薦本が詰まったおもちゃ箱
小説家・辻原登さんも選者のひとり。辻原さんの本も並ぶ。
本に囲まれた生活を送りたいという思いから
赤坂の住宅街、マンションの1階がそのまま書店になっている。選書専門店の名の通り、選者による本が宝の山のように並んでいる。人文系の本が多いだろうか、しかし選者自体の名前は一見わかりづらい。「あまり押し付けがましくしたくないんです」と話すのは店主を務める竹田信弥さん。念のため、思想家の東浩紀さん、批評家の山城むつみさん、小説家の絲山秋子さんなどが選者として参加している。希望として「100年後も残る本を選んでほしい」と伝えた。もともと高校2年生の時にインターネット古書店を営んでいたという竹田さん。大学を卒業して会社に2年半勤務したが本への思いが断ち切れず、3年目に独立した。「本に囲まれた空間をつくりたかったんです。本を中心に生活が回ればと考えていました」
書店では月に5~6回の読書会も行っている。例えばドストエフスキーの5大長編を読むといった課題を決めて、集まった人で感想を交換する。20代から60代まで参加者の年齢層は幅広い。最近は読むだけでなく本をきっかけにして、人と関わることを楽しんでいる人々も多いのである。
では本が好きな人の理由とは何だろうか。時としてそれは自身のモチベーションになったり、知的好奇心を刺激したり、つまり「僕たちは本に萌えているということですね(笑)」と竹田さん。
※こちらは男の隠れ家2018年12月号より一部抜粋しております