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男の隠れ家コンテンツ

  • 【3大グルメ企画】 第四章「味の萬楽」編

    秋葉原駅と御茶ノ水駅の中間あたりにある「味の萬楽」秋葉原駅と御茶ノ水駅の中間あたりにある「味の萬楽」はそれぞれ駅から徒歩 5 分程歩き、昌平橋交差点の角に位置している。大きな道路を挟んだ向かい側には「ぐろ亭」がある。周辺には秋葉原の電気街や神田明神があり、地元の人はもちろん、多くの人が訪れる東京のど真ん中だ。遠目から見ると赤と白の縞模様の店構えはメルヘンチック洋菓子店のようだが、明治 45(1912)年創業のラーメンと中華粥の老舗専門店だ。100 年超えの老舗店を現在切り盛りしているのが 4 代目の女将、古室さん。明治代に日本橋で開業した曽祖母から、変わらぬ味を受け継いでいる。祖母が身体をし、車いすで店に立てなくなったときに、祖母の孫にあたる古室さんが店を任されるようになった。なお古室さんの父親は神田小川町にある中華店をオープンさせ、こちらは弟が後継いでいるのだという。古室さんが店を切り盛りするようになり 15 年ほどが経ち今では近所の子どもからビジネスマン、ママさんまで店脇を通りかかる人皆が知り合いになるほど濃厚な付き合いをしている。平日 11~15 時のみ営業する創業 100 年超のラーメン・中華粥専門店大きな道路の角にあるこの店は中がオープンになっていてよく見え、初めてでも入りやすい雰囲気だ。店のインテリアや空気感は昭和レトロそのもの。カウンターがメインのこじんまりとした店内は、建物自体は歴史を感じさせるが、かなり清潔にされている。オーダーは、入口を入ってすぐ横にある現金専用の券売機で注文するスタイルだ。店外に代表的なメニューが写真付きで飾られていて明瞭簡潔。ここの代表的なメニューは中華粥としょうゆラーメン、そして季節限定でいただける冷やし中華。セットメニューはもちろん、チャーハンやアルコールメニューなどもラインナップしている。また土日祝日は店を開けておらず、平日の 11~15 時のランチタイムのみ営業をしている。4 代目女将、古室さんが一人で切り盛り厨房内はオープンキッチンで古室さんの丁寧な作業を窺える。「(おばあちゃん、ひいおばあちゃんは)料理が上手な人だったというのと、いい出会いがあったのかなって。おばあちゃんの時代は出版社さんたちもよく来ていたので」と話してくれた。古室さんが子どものころは祖母が中華料理屋を営んでいたそう。「祖母のころは夜だけ営業している期間もあって、手作りの腸詰めや中国酒でもてなしていました神田は出版社が多く、有名な作家さんたちがよく来ていました。」馳星周先生や北方健三先生などの有名作家さんや井崎脩五郎先生など著名人が足しげく通っていたのを中学生の時に記憶しているのだそう。今のラーメンと中華粥にメニューを絞ったのは祖母が病に倒れて父の代からで、華料理店から業態を変更させたのだという。古室さんが店を継いだのはその父が亡くなったタイミングだったそう。「最初は 2 人でやっていたのですがコロナで 1 人になりました。でも 1 人の方がラクですね。休まなければいけないときにすぐ休業できるので」仕込みのために平日は毎日朝 8 時に店に入り、15 時の閉店後は 18 時くらいまで次の日の仕込みや掃除をしているという。調理場横の小さな扉が開放されていて、そこから通学していく小学生たちや常連客たちに、挨拶を交わしているのが印象的。仕込みや調理をしながら、店外から常連客からの挨拶に答えるため、しばし手を休める。その頻度は 10 分に 1 回程度だから、なかなか頻回なのだ。これが日常なのだそうだが、地元の飲食店でちょっとした世間話をする様子はすっかり見かけなくなった光景でもある。この和やかなやり取りこそ、味の萬楽の魅力ともいえよう。昔懐かしいしょうゆラーメンラーメン 850 円そうこうしていくうちに、しょうゆラーメンが完成。ひとり分のスープを丼に綺麗に注いでくれる。具の乗せ方も均一でとても美しい。ラーメンは、よくある昔懐かしいしょうゆラーメンで、少し黒く染まったスープが特徴的。スープを口に運んでみると、鶏ガラベースの昔ながらの中華そばの味わいが口いっぱいに広がる。サッパリとした後味なのに独特のコクを感じられた。麺は、若干硬めでコシがあり食べ応えがある。食べやすいサイズにカットされたチャーシューは、とろけるほど絶品。ここのチャーシューを目当てにしている人も多いのだそうだが、これは納得できる。脂の臭みがないのは丁寧な仕込み故だろう。十分な量のメンマと香ばしい海苔。薬味の葱も少し多めと嬉しいバランスまで完璧。特別なものは入っておらず、ここまでオーソドックスでありながら、美味しい、また食べたいと思わせる昔懐かしいラーメンがここにある。丁寧な仕込みや火加減、盛り付けまでのこだわりが多くの人々から愛され続ける理由であり、これからもさらに多くのファンを惹きつけていくのだろう。元・中華料理店の祖母から受け継いだおかゆ小おかゆ 500 円お粥もいただこう。お粥はとてもシンプルに見えるが中華出汁の味がついている。「しっかりめに味がついているので、そのままでも美味しいですよ」と古室さん。こだわりはお粥を 3 回に分けて炊いていること。食感の違いを出しているのだそう。このレシピは、代々受け継がれてきたもので大きく変更しておらず、老舗の味を守り続けている。なお、お粥にトッピングされているのは、ワンタンの皮を揚げたもの。香ばしくて、食感も良い。シンプルでそれだけでも美味しさを堪能できるが、お粥とともに差し出される「味変調味料」で好みの味にアレンジしてみても。豆腐を発酵させたふにゅうやチリソースなどを入れるのもおすすめとのこと。また、卓上に常備されている「辣油」も、お粥によく合う。シンプルな味わいのお粥が、各調味料を吸い込んで、それぞれの味わいを引き立てていく。一番嬉しかったことを聞いてみると、「私に代わってからずっと来てくれているお客様がいるわけですが、『味がよくなったね』と言われるのは嬉しいです。始めたばかりでまだまだのころからずっと通ってきてくれる人もいらっしゃるので」辛かったことは「ちゃんとできないことです。思っているよりもできないときは自分の無力さを感じますね。数字は嘘をつかないのでバロメーターにはなる」3 月から提供される期間限定冷やし中華冷やし中華 1,300 円季節限定の冷やし中華も必食。初夏を告げる風物詩として中華屋等で見かける「冷やし中華はじめました」の看板だが、ここの冷やし中華は 3 月からはじまっているという。「冷やし中華がコンビニで売れるのは 4 月、3 月だとデータを持ってきてくれるお客さまがいて。早ければ早い方がいいと教えてくれたんです。実際、お客さまも早い時期から出してほしいようだったみたいでね」お客さんの希望で年々提供時期が早まっていたが、3 月から冷やし中華を提供するようになったのは 2021 年からだという。ここの冷やし中華は具沢山の酢醤油タイプ。お酢が甘めなのが特徴で、これは父親好みのレシピで譲り受けたものなのだそう。なるほど、食べてもツンとくるような冷やし中華特有の酸味は控えめで甘みを強く感じた。冷たく締められた中細のちぢれ麺はぷりっぷり。タレはサラッとしているけどちぢれた部分によく絡む。具材もきゅうりやチャーシュー、錦糸卵にアクセントの紅生姜もクセになる味で、どれもバランスがよく、あっという間に汁まで食べ切ってしまった。酸っぱくて冷やし中華を食べてこなかった人にこそ食べて欲しい 1 杯だと感じる。4 代目女将の夢「ヨボヨボになるまで働き続けること」一番人気のセットメニュー「ラーメンと小がゆセット」1,350 円この店の一番人気のセットメニューは「ラーメンと小がゆセット」1,350 円。このほか今あるおかゆメニューは「チャーシューおかゆ」「海鮮おかゆ」「とりおかゆ」「ピータンおかゆ」で各 1,000 円。ベーシックなおかゆはラーメンとセットで頼むか「小おかゆ」500円でいただくことができる。なお、以前は朝の時間帯に中華粥を提供していたがやめてしまったそう。「体力的なものを感じてね。そして、長くこのお店を続けるために、朝粥はやめたんです。」そんな古室さんの今後の夢は「ヨボヨボになるまでここで働き続けること」健康に気を付けながら一人で切り盛りしている以上、自分自身の身体が何よりも大切だ。店に立てなくなったらそれで店をたたむことになることがわかっているからこそ、ランチタイムのみで、ある限りの接客を続けている。暖かみのある女将との何気ない会話も楽しめて、折り紙つきの昔ながらのラーメンや、ほかでは味わえない中華粥を食しに是非、一度訪れてみては。Shop data味の萬楽東京都千代田区外神田 2-3-9電話/03-3251-0213営業時間/11:00~15:00定休日/土・日・祝アクセス/東京メトロ丸ノ内線 淡路町駅 徒歩 4 分/都営新宿線 小川町駅 徒歩 4 分/東京メトロ千代田線 新御茶ノ水駅 徒歩 5 分

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  • 【3大グルメ企画】 第二章「スマトラカレー共栄堂」編

    【3大グルメ】企画は、日本人が大好きな人気のグルメ「ラーメン」「カレーライス」「ハンバーガー」を提供する飲食店を、料理芸人としてバラエティ番組やラジオ等に出演し、YouTubeでも人気を博している「藤井21」さんが紹介していくコンテンツです。------------------------------------------------------いざスマトラ島へ靖国通りの走る神保町駅周辺には古本屋が各所に点在している。この古本の町で創業百年を超える老舗のカレー屋「スマトラカレー共栄堂」は今日も営業し続けている。 煉瓦造りのビルの入り口にアーチ状の立て看板が見える。鮮やかなグリーンの文字で「スマトラカレー共栄堂」の文字が踊り、ポーク・チキン・エビ・タンとシンプルなどカレーのメニューが書かれている。スマトラカレー共栄堂のカレーは、明治の末期〜大正時代に、東南アジアを広く見聞していた伊藤友治郎氏が、インドネシアのスマトラ島で食べたカレーの味に感銘を受け、現地のカレーのレシピを学び、「共栄堂」初代に伝えたのが始まりなのだそう。階段を降り地下一階の店舗に入ると艶やかな木のテーブルに赤い革張りの椅子、窓からは日の光が差し込み店内は明るい。 お店のインテリアや空気感は純喫茶のそれを思わせるが、ところどころに置かれたエキゾチックな置物や壁にかかった絵、そしてメニューには、カレーレシピのルーツとなった当時のスマトラ島をスケッチした絵が描かれている。なるほど、ここにはいまだ訪れたことのないスマトラ島がある…。「かかってこい!スマトラ!!」 百年の風景が溶け合うカレーチキンカレー 1400円(ソース大盛 1600円)卓上にはらっきょうと赤い福神漬けの瓶が並び、小さなレードルとカレースプーン2種類の銀食器が置かれるといよいよ気持ちは高まってくる。まず少し黄色みがかかった生成色のスープが入ったカップがでてくる。カレーには全てスープが付くらしい。ほんのりとコーンの香りと優しい甘味の野菜のポタージュスープ、これは嬉しいプチサプライズ。 続けて白い洋皿に盛られたご飯が出てくる。「これがうちは普通盛りね」と店主の宮川さん。これ大盛りだとしても多いですねと言いたくなる量のご飯だ。本の街、神保町で歴史を刻むカレー屋「最近はカレーの街なんて言われているけど神保町は本の街だよ。そこでやらせてもらっているという気持ちを常に持っているよ」と語る宮川さんの謙虚な姿勢が、先々代から続く百年という途方もなく長い歴史を繋ぎ、そして次の四代目の息子さんに受け継いでいるのかもしれない。 カレー屋か、レストランでステーキにソースをかけるときにしか見ない銀色の「アレ」に入ってこぼれんばかりになみなみと注がれたカレーが出てくる。黒々としたルゥに白いクリームがかかっていて、その見た目の色に一瞬これはカレーなんだろうかと猜疑心にかられる。そんな黒々としたルゥの中でもごろごろとした肉が見え隠れしていて存在感がすごい。 写真はチキンカレー 普通盛写真はタンカレー 普通盛 1950円 (ソース大盛 2250円)レードルでひとすくいすると黒いルゥと白いクリームが混ざりあって溶け合っていく。ドロドロの欧風カレーとさらさらのスパイスカレーのちょうど中間くらいの粘度で、白銀の米の上にかけると、無数の黒い粒々としたものが見える。これはもしかしてスパイス?カレーの香りのようなそうでないような、でもしっかりとスパイスの香りを感じながらご飯と一緒に口に入れると、初手先制ジャブとばかりに野菜の甘味を感じる。形こそないがここにはしっかりと野菜の甘味と旨味が溶け込んでいる。そこに追いかけてくるように香ばしいスパイスの香りが鼻腔を満たす。辛味はそこまで強くなく、複雑で幾重にも折り重なった多数のスパイスの香りがして味と香りの情報で口と鼻がいっぱいになるそしてメインにして唯一の具材の肉だ。ごろごろと主張するような大きい肉を一口で頬張ると、この肉がまるで口の中で崩れるのを待っていたかのようにさらさらとほどけていく。口の中で肉の繊維が崩れていく様はまるで淡雪の様で、どうしてここまでしっかりと肉の味と形を保ちながらほどけるほどに柔らかく煮込むことができるのか不思議になってくる。野菜の甘味、スパイスの香り、肉の旨味、それら全てが混然一体となってルゥに溶け込んでいる。そして最後にかけたクリームのおかげか味にまろみが出て全体的に穏やかな味わいになっている。甘くてスパイシーで香ばしくてお肉も柔らかくてスプーンのひとすくいごとに確実に旨い。時間をかけ丁寧に作っているのが伺える。「味の決め手は小麦粉不使用、カレーソースのほとんどは野菜だね、あとはスパイス」宮川さんはそう簡単に言うがシンプルな作り方だからこそ難しい。数年前に一度、カレーは煮込み続けたら旨くなるんじゃないかと思い、百時間かけて野菜や肉を煮込みカレーを作ったことがある。ひたすらに百時間煮込み続けたが、結果としては失敗だった。すべての具材の風味がとんで味も香りもぼやけたなんだかわからないものが出来上がってしまった。ただ手間暇をかけるだけじゃ旨いものはできない、そこにこの店が百年続いている理由があるのかもしれない。 スマトラカレーという料理でも果たしてこれはカレーなんだろうか。自分の中でのカレーという料理の概念が変わっていくのを感じる。これがスマトラスタンダード?「うちのカレーはダメな人はダメなの、好みが分かれる味だからね」と語る宮川さん。伊藤友治郎氏が現地で食べたカレーを日本人向けにアレンジしたと言っていた。つまりこの一皿はスマトラ島のカレーでもなく、当時の日本式のカレーでもなく“スマトラカレー”という料理なのだ。確かにそう思うと、自分が知っているどのカレーとも似ても似つかない唯一無二の味なのだと納得できる。「カレーだけどカレーじゃない…」つい口をついた言葉に「でもこれがうちのカレーなのよ」と優し気な笑顔で店主の宮川さんが語りかけてくる。「お客さんだって日々色んなものを食べて舌が肥えていくんだから、昔来てくれたお客さんがまた来た時に『こんなもんだったか」って言われたくないじゃない。」唯一無二のスマトラカレーの味は常に変化し続けている。ブイヨンを変えたり野菜の量を変えたり試行錯誤を続けていると。創業百年にしていまだ進化し続ける味、 それはまるでスマトラカレーという百年間成長し続けてきた大木に生える枝を選定し続ける作業のようなものかもしれない。スマトラカレーの味という大きな太い軸はあるが常に手入れすることで進化しさらに成長を続ける。きっとこの店では変化し続けるということが不変なのだろう。 焼きりんごと哲学スマトラカレー共栄堂には晩秋から初春にかけて期間限定の「焼きりんご」というメニューがある。皮付きのまま丸ごと1個のりんごを使って作られる焼きりんごはスプーンを入れるとその柔らかさにまず驚く、本当にりんごにスプーンを入れたのかと驚くほどの柔らかさで、口に入れると甘すぎず酸っぱすぎず絶妙な塩梅でりんごの爽やかな香りと自然な甘味がして口の中でとろけていく。そこにほんのりとシナモンの柔らかな香りが追いかけてきてさっき食べたカレーのスパイスの余韻を優しく包んでくれる。なんて優しいデザートなんだ。使用するりんごは紅玉にこだわっているので、紅玉が入手出来る晩秋から初春限定のメニューになるらしい。しかも作るのに実に三日かけているのだとか。「楽な方法を考えたらそこで終わりだから、面倒くさいことをやらないと。」と語る宮川さん。「内心面倒だなと思っていても面倒くさいことをまずやらないと、料理でも接客でも、そうするとそれをお客さんもわかってくれるんだから」とニカっと笑う。 あぁそうか、このお店はきっとこうやって今日まで続いてきたんだ。だからこそ百一年目があるんだ。お腹も心も満たされて少し見識も深まっちゃったな、なんて思いながら地下の階段を上り神保町の町に出る。そうだ、帰りは一駅いや二駅分歩いてみようか!ちょっとは大変な思いをしたら…いやそうゆうことじゃないか、なんてな。------------------------------------------------------Shop dataスマトラカレー共栄堂東京都千代田区神田神保町1-6 サンビルB1電話/03-3291-1475営業時間/11:00~20:00 (L.O.19時45分)定休日/日・祝(不定休)アクセス/都営三田線・都営新宿線・営団半蔵門線「神保町駅」A5 出口を出て靖国通りを左へ徒歩1分

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  • 【3大グルメ企画】 第一章「萬福」編

    【3大グルメ】企画は、日本人が大好きな人気のグルメ「ラーメン」「カレーライス」「ハンバーガー」を提供する飲食店を、料理芸人としてバラエティ番組やラジオ等に出演し、YouTubeでも人気を博している「藤井21」さんが紹介していくコンテンツです。------------------------------------------------------ 町に愛され100年続く中華屋の味  中央区銀座二丁目。銀座駅と築地駅のちょうど中間くらいに位置するこの地は、かつて江戸時代に江戸城の修理を担う木挽(こびき)職人※1が多く住んでいたことから「木挽町」と呼ばれた地域だ。今でも木挽町通りと言う名前が残っているのは当時の名残だ。この銀座木挽町で大正時代に屋台から創業した老舗の中華屋「萬福」は長年多くの人に愛され続けている。  昭和通りから一本路地へ。車通りの少ない路地に入るとすぐ目の前の角地に店が見える。真っ白で清廉な暖簾に白い看板。看板には「中華そば 萬福」の文字。店先には名入りの赤い提灯が下がりメニュー書きがある。いかにも中華屋然としたその店構えを見ているとそれだけでもう腹が減ってくる。 店内に入ると入口のすぐわきの帳場に黒電話が置かれ、天井から下がっているのは白くて丸い可愛らしいペンダントライト、壁には古時計があり、使い込まれた黒い木のテーブルとカウンターにアーチ状の窓にはフリルの白いカーテンがかかっていてテーブルには銀色の水差しが並ぶ。まるで昭和レトロの喫茶店に入ってきてしまったかと錯覚してしまう様な光景だが、卓上に置かれた醤油やお酢等の調味料を見るとやっぱりここは中華屋なんだと思い直す。  メニューには中華そば、ワンタンメン、チャシュウメン(※2)等の麺料理のほかに焼餃子や春巻き、レバーにら炒め等いわゆる町中華では定番の料理が並ぶ。  「僕の子ども頃はメニューも洋食と中華が半々くらいだったんですよ」と店主の久保さんは語る。創業者の祖父が洋食のコック出身だったらしく、西洋料理と支那料理(※3)を合わせて西支(せいし)料理として創業したらしい。そんなメニューも時代の移り変わりとともに色々なメニューが淘汰され無くなっていくなかで最後に残った洋食が「ポークライス」だそう。 「正解の中華そば」 萬福の中華そばはラーメンの正解だ。  縁にぐるりと雷紋が描かれた丼を見るだけで食欲が増してきて今からラーメンを食うぞ!という気持ちが沸き立ってくる。表面にうっすらと油が浮かぶスープは深くて濃い落ち着いた琥珀色のスープ。具材はシンプルに叉焼、しなちく、ほうれん草、なるとそして三角に切った薄い玉子焼きが特徴的だ。スープを一口すするとあっさりしているけど力強い醤油の味がキリッと立っている。醤油味がしっかりするが尖っていない優しい味だ。無駄なものを排除した正統派な味わいに思わずため息がもれる。この醤油味の優しいスープにのどごしの良い細めのちぢれ麺がよく合っていて麺をすする箸も勢いを増していく。そしてお楽しみの叉焼だ。この叉焼が旨い。しっかりと噛みしめるタイプの味の濃い叉焼。今時の柔らかくて口の中でとろける~なんて叉焼なんかに真っ向から反旗を翻して叉焼ってのはこうなんだと言わんばかりの肉感を感じるしっかりと主張してくる叉焼。やっぱり叉焼はこうでなくっちゃ。白地にピンクのうずまき、なるとってラーメンに入ってるとなんだか嬉しくなるんだ。  そうなんだよスープも麺も具材もこれが良いんだよ。子ども頃に伊丹十三監督の映画「たんぽぽ」を見てブラウン管の前で腹を減らしていたあの醤油ラーメンだ。俺はこんな醤油ラーメンが好きなんだ。俺はこれが食べたかったんだ。まるでラーメンの原体験のような味が俺にとっての正解の醤油ラーメンなんだ。飯ってのは自分にとっての正解こそが正しいのだから。   「土曜昼のポークライス」  あの頃の土曜の昼めしが脳裏をよぎる。  老舗の中華屋に唯一残った西洋料理は他では見た事ない「ポークライス」だ。   濃いオレンジ色でつやつやと光る米に粗めに刻んだ玉ねぎと角切りの肉がたっぷりと入っている、上に散らしたグリーンピースの緑も映える。そして甘酸っぱいケチャップの良い香りがふわっと漂ってくる。これは見た目と匂いですでに疑う余地もなく旨いのは確定だ。 一口食べた途端に食感と香りが口の中を支配する。炒めたケチャップの甘くてやさしい酸味が口の中にふわっと広がり口の中いっぱいにかきこみたい欲求にかられる。玉ねぎはシャキシャキとした食感を残してほんのり甘く、ここは中華屋だと主張する肉感ある角切りの叉焼もまた旨い。中華鍋で作るからだろうかほんのりと香ばしさも感じる。  そうだ…これはあの頃の土曜昼のごちそうだ。  土曜日学校が終わって半ドンで帰ってくると食卓に鎮座していたチキンライス。  オムライスじゃなくてチキンライスが定番だった。母親が作るあのケチャップ味のチキンライスが無性に好きだった。あの頃の土曜の昼に急に口の中の景色が巻き戻される。これはどうあがいたって懐かしい味だ。  「男の子ってケチャップ味が好きでしょ」そう語る店主の久保さん。ポークライスは懐かしさも一緒に食べている。きっと土曜昼のケチャップ味好きな同士が多いから必然的にこのポークライスだけがメニューに残ったんだろう。ふと思い出してたまに食べたくなる味、うちは常連さんが多いですねと語るのも納得だ。  「中華そばとポークライスの名コンビ」   「ある材料で出来る料理」中華屋にある材料で作る洋食は具材も同じだからどこか味にも共通する要素があるのかもしれない。  ケチャップ味のポークライスをスプーンで頬張り、ラーメンのスープをレンゲですする。そんなの口の中で味が渋滞しちまうだろうと思われるだろが、このコンビネーションが不思議とマッチする。炭水化物と炭水化物、似ても似つかない中華と洋食。おそらく萬福以外では出会うことはない二つの料理が今目の前で共演している。そしてこのふたつの味わいが見事に調和している。正解の醤油ラーメンとあの頃の土曜昼のポークライス、こんなコンビはおそらく萬福でしか生み出せないコンビだろう。  米の一粒も残さずスープも最後の一滴まで飲んで心も体も満ち足りてまさに「俺は‟萬福”じゃ!」とふと卓上に置かれたドリンクメニューを見ると「瓶ビール」の文字が。 あぁ…ここの料理で瓶ビールなんて呑めたら最高じゃないか。  白い暖簾をくぐり店を後にする。  次来た時には瓶ビールと焼餃子それに〆にワンタンメンだな。また銀座に来る楽しみが増えちゃったな。そう思いながら銀座の街を帰路に就く。  ※1:木材を加工して板材や柱材に加工する職人  ※2:メニュー準拠  ※3:中華料理 ------------------------------------------------------Shop data 萬福 まんぷく 東京都中央区銀座2-13-13 電話/03-3541-7210 営業時間/月火水木金11:30〜14:30(LO)・17:00〜22:00(LO)、土 11:30〜14:30(LO)・17:00〜21:00(LO) 定休日/日曜日・祝日である月曜日 アクセス/東京メトロ銀座線銀座駅徒歩4分、有楽町線 銀座一丁目駅 徒歩3分、東京メトロ日比谷線 東銀座駅徒歩4分、東京メトロ有楽町線 新富町(東京)駅 徒歩4分、都営浅草線東銀座駅徒歩2分

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  • スパイスマスターが作る本格派マサラセット「マサラギフトセット」

    スパイスマスターによる本格派マサラセットインド料理の本場の味を気軽に楽しめるスパイス調合セットが登場しました。日本一インド料理を食べ尽くしたスパイスマスターが、日本人の口に合うようにアレンジした10種類のオリジナルマサラをギフトボックスに詰め合わせた「マサラギフトセット」です。このマサラセットがあれば、本格的なインド料理がご家庭で簡単に味わえます。カレーやラッシー、チャイはもちろん、炊き込みご飯やチャーハンまで、手軽に作れるスパイスがそろっています。味に深みと香りを与えてくれるスパイスの魅力を、ぜひこの機会に体験してみてください。カレー、ラッシー、チャイ、炊き込みご飯...インド料理の定番メニューが勢ぞろいセットには、バターチキンカレーが5分で作れる「カレーの素」、牛乳に混ぜるだけでラッシーやチャイが楽しめる「ラッシーの素」「チャイの素」、炊飯器でパラッとおいしいビリヤニや屋台風チャーハンが作れる「ビリヤニの素」「チャーハンの素」など、10種類ものスパイスミックスが入っています。また、スパイスを加えるだけで一気にエスニック風味になる「塩マサラ」や「辛マサラ」など、様々な料理のアクセントにもぴったりのスパイスも充実。これ一つで、毎日の食卓がグッとバラエティ豊かになること間違いなしです。手軽なのに本格派。奥深いスパイスの魅力を堪能インド料理って、スパイスが多すぎて自分で作るのは大変そう...と敬遠していた方も多いのではないでしょうか。確かにスパイスの種類が多いのは事実ですが、「マサラギフトセット」なら初心者でも失敗なく使いこなせるはず。各スパイスには、どんな料理に合うのか、どのように使えばいいのかがしっかりと記載されているので、説明書を読みながら気軽にチャレンジできます。慣れてくれば、アレンジを加えてオリジナルのスパイス料理を生み出すのも楽しいですよ。スパイス料理の魅力といえば、なんといってもその奥深い味わい。一口食べれば、様々なスパイスが織りなす深みのあるハーモニーに驚かされるはずです。「マサラギフトセット」で、そんなスパイス料理の楽しさと奥深さを、ぜひ体感してみてください。おうち時間をちょっと贅沢に。自分へのご褒美やギフトにもおすすめ自宅で過ごす時間が増えた昨今、おうちごはんの楽しみ方を広げてくれるのもスパイス料理の魅力。いつものメニューにほんの少し加えるだけで、いつもとは一味違う特別感のある一皿に変身します。「マサラギフトセット」は、自分へのご褒美として取り入れるのもおすすめですが、スパイス好きな方へのギフトとしてもきっと喜ばれるはず。インドの代表的なデザインが施された、美しいパッケージも魅力的。大切な人への贈り物として選んでみてはいかがでしょうか。商品名:マサラギフトセット価格:4,600円(税込・送料込)商品の詳細はこちら

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  • たまにはいいよね?昼呑みのススメ。

    スーツ姿のサラリーマンが足早に過ぎ去っていく。酎ハイ片手に店の外を見ると、太陽はまだまだ元気な昼のひと時。ひと口呑む度に胃に流し込まれ、消化されていく若干の罪悪感。同時に悦楽の時間を噛みしめる。たつや 駅前店[東京・恵比寿]ホッピーファンの聖地と呼ばれる老舗店内の佇まいには老舗らしい風格がにじみ出ている。年季の入ったカウンターの一角に陣取り、やきとりの美味しそうな匂いを嗅ぎながら、名物の黒ホッピーをグイッ。隣の客と会話が弾んでいるうちに、時が過ぎていく。JR恵比寿駅の西口からすぐ近く。お洒落な街・恵比寿にあって、長く愛され続けてきた大衆酒場「たつや」。昼の時間帯に木枠のガラス扉を開けると、店内はすでにほぼ満席。中央のコの字型カウンターの周りで、客が楽しそうに呑んでいる。昭和51年(1976)、創業者の佐藤正光さんが43歳の時に、ボウリング場の支配人を辞め、退職金で開業した。当初から消防、鉄道、タクシーなど夜勤明けの人たちのために朝8時から営業。平日は翌朝4時まで。朝呑み、昼吞みができる店として、恵比寿界隈では古くから知られていた。佐藤さんは現在88歳。会長として週に3回は顔を出して、常連客と一杯やっているという。実はこの店は知る人ぞ知る、黒ホッピー発祥の店だ。「最初はホッピーにギネスビールを入れて、黒ホッピーとしてお出ししていました。〝美味しい〟とお客さんにも好評で、ばんばん注文をもらっていた。そうしたら、ホッピーを製造しているホッピービバレッジさんが、黒ホッピーを商品化してくれたんです」ギネスを使うと値段が高くなるが、黒ホッピーなら安くてヘルシー。現在でも黒ホッピーを頼む客が圧倒的に多い。20本入りのホッピーケースが、一日になんと34箱も消費されるという。「ホッピーの消費量は都内で一番じゃないかな」と佐藤さん。つまみは種類豊富な「やきとり」、創業以来変わらない味の「煮込み豆腐」など。40年以上通っている常連客の大橋さんは、「近くに勤めていた時は、毎日通っていた。リタイアしてからも週2回は来ているね。ここはお客さんがみんな良い人ばかり。その中心にいるのが会長さん。人柄が良いので万人に好かれる。常連客のみんなで釣りやゴルフ、カラオケなどを楽しんでいます」老舗に通うお客さんは皆、品格のある呑み方を心得ている。たとえ黒ホッピーで酔っていても、声を荒げることなく、陽気に呑む。だからその場にいれば思わず笑みがこぼれるし、酒やつまみもまた格別に旨い。常連さんの人柄、それもまた店の魅力のひとつなのだ。なんどき屋[東京・新橋]素材の味を生かした家庭料理右/店の入口は目立つ黄色の看板や電光掲示板があり、一見派手な印象を受けるが、店内は清潔感漂う落ち着いた雰囲気。左上/静かに語らう常連客。左下/男性グループは呑み疲れで一休み。たらこをバーナーで炙るご主人・服部さんは二代目店主。新橋駅前、西口通りといえば、夜ともなると、呑み屋に繰り出す仕事終わりのサラリーマンたちで賑わう通りだ。昼間は閑散としているが、縄暖簾と黄色い提灯が目印の、この店だけは別格だ。「なんどき屋」という店名の通り、24時間営業で、〝いつ、なんどき〟行っても開いている。元々は新橋に数店舗あった牛めし店のひとつ。昭和46年(1971)に独立して、居酒屋へと衣替えをした。今でも牛めしだけでなく、「家庭料理が基本」の単品料理にプラス300円で定食を食べられる。24時間営業なので、朝呑み、昼吞みができる店として人気が高いのは言うまでもない。「一日のうちで混んでいる時間帯は、強いて挙げるなら明け方ですね。早朝4時から7時頃まで。近くで働く同業者などが仕事帰りに寄っていきます」と主人の服部逸郎さん。「昼吞みのお客さんは、明るいうちからすいません、お騒がせします、と申し訳なさそうに言うんです。罪悪感があるんでしょうかねえ。店からすると、昼から呑んでくれてありがとう、ですよ」ガスバーナーでたらこを炙る服部さんは、こう続ける。このたらこは800円。高くても旨いねとお客さんに言ってもらいたい。うちは素材にこだわっているので、単価は決して安くない。でも、料理の味に納得して来てくれるお客さんが多いです」例えば、「牛めし」や「肉豆腐」には服部さんが厳選した和牛を使う。上質な食材を使いたいというその姿勢が、この店が長く人々に愛され続けている秘訣といえる。こだわりは酒にもある。炭酸は瓶ではなく、炭酸が強い業務用を使用。多くの人が注文する名物「Dハイ」を飲んでいた客は、「ダブルのハイボールなので、シングル2杯よりもお得。ここのハイボールは炭酸が強いので、シュワシュワ感が違うんだ」。リピーターが多く、7・8割が常連客というのも納得である。〝家庭で食べるような料理を〟という服部さんの温かな思いと手料理が、今日も都会で働く人々の空腹を優しく満たしてゆく。岐阜屋[東京都・新宿]思い出横丁のある町の中華屋カウンター席で思い思いに昼間酒を楽しむ客たち。店は入口が2つあり、コの字型のカウンターがそれぞれにある。こちらは線路通りに面した店内で、一人で静かに呑むには最適な場所。反対側はオープンな造りで、グループ客でも楽しめる。新宿・思い出横丁は狭い路地に呑み屋がひしめき合う、人気の呑み屋街だ。横丁で唯一の中華屋として昭和21年(1946)に創業。専務の堤康一さんによれば、創業者は岐阜出身で満州から引き揚げてこの地で中華屋を開業したという。昭和43年(1968)に堤さんのお父さんが引き継ぎ、現社長が四代目となる。「元々は満州の味だったが、二代目は横浜中華街、四代目は高級中華料理の店で修業しているので、今では日本人好みの、昔ながらの味になっています」と堤さん。最近流行の町中華での昼吞みは、この店では昔から当たり前だったそうだ。10年来の常連客は「勤務時間が不規則で、仕事帰りに朝、昼呑める店はありがたい」と顔をほころばせる。「これからも安らげる場所を提供し続けていきたい」と堤さん。活気と優しさに包まれた温かい町の中華屋に今日も人々が集う。クラフトビアバル IBREW 新橋駅前店[東京・新橋]30種類以上のクラフトビールが呑める通りすがりにフラッと入れそうな、カジュアルで親しみやすいクラフトビール酒場。昼の時間帯はのんびりしているが、夜になると満席になり、立ち呑みで楽しんでいる客も多い。クラフトビールは一律料金でハーフ390円、パイント690円。橋駅前ビルの1階にある、クラフトビール酒場「IBREW」。カウンター奥の壁には、30種類の生樽サーバーのタップがずらりと並ぶ。クラフトビールは国産に限定。30種類をラガー、エール、フレーバー、WHEAT(小麦)、IPA(インディア・ペールエール)、ブラックの6タイプに分類、メニューにも表示しているのでビール選びがしやすい。店長の赤羽根優衣さんは言う。「クラフトビールはいろいろなタイプがあるので、ビールが苦手な人でも自分の好みに合うビールを見つけられます」人気のつまみは、「自家製おばんざい」と「もつ煮」。「和食系のつまみが意外にクラフトビールに合うんだよね」と昼吞みの男性が言う。お勧めは、平日の19時まで限定の「ちょい呑みセット」。クラフトビール3種とおばんざいで1000円(税込)、これを目当てに訪れる客も多いようだ。※こちらは男の隠れ家2019年12月号より一部抜粋しておりますRecommend Contents自宅で本格的な炉端焼きを楽しもう【伊賀焼 あぶり名人】伊賀焼の美学と工芸の粋を結集伊賀焼 「あぶり名人」は、伊賀焼の美学と工芸の粋を結集した、本格的なあぶり焼きが楽しめる逸品です。素朴でありながらも高度な技術が込められています。「あぶり名人」の特徴は何と言っても、そのメカニズム。――続きはこちらからROGENオイルリッチローション乾燥/テカリに秒速1本ビジネス専用オールインワン化粧水日本初、印象のプロが監修したオールインワン化粧水。男性肌特有の肌悩みに着目し、男性肌の特徴にこだわった無添加オールインワン化粧水。1本で、化粧水、美容液、乳液、アフターシェーブローションまでの機能性を実現。――商品詳細はこちら

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  • 京都の路地裏ひるごはん。Vol.2

    京都の雰囲気や味を堪能したいけれど夜の名店はなかなか暖簾をくぐれない。それならお昼ご飯時に訪ねてみよう。気軽に敷居をまたぐことができ、京都の味も佇まいも十分堪能できる。昼に京料理が愉しめる路地裏の名店をご紹介。屋形船を模したお座敷で愉しむ三百年の歴史を誇る「古都の味」いもぼう 平野家本店〈東山〉「いもぼう御膳」(2500円)はメインのいもぼうのほか、付出し、祇園どうふ、お吸い物、ご飯、香の物という組み合わせ。付出しはひと口胡麻豆腐であった。お昼ご飯では祇園豆腐の代わりにとろろのり巻きが付いている「月御膳」(2700円)や、両方とも付いている「雪御膳」(3000円)なども人気である。山と海の幸が鍋で出合い奇跡の旨味を醸し出した逸品八坂神社を抜け、円山公園や知恩院へと続く石畳の小径をたどると、知恩院南門手前に「いもぼう平野家本店」の看板が見えてくる。落ち着いた雰囲気の竹穂垣に囲まれた門を潜ると、左手に入り口がある。中に入ると左右に障子が続き、通路や部屋が途中で湾曲しているという、不思議な光景が目に飛び込んでくる。「いもぼう」という料理の歴史は遥か昔、徳川吉宗が将軍だった享保の頃(1716~36)まで遡る。粟田の青蓮院に仕えていた平野権太夫は、御用のかたわら御料菊園、蔬菜の栽培に携わっていた。ある年、青蓮院の宮が九州行脚の折に唐の芋を持ち帰ってきた。これを円山山麓に植えると、姿が海老に似た良質な芋が育ったので、海老芋と名付けた。「今のように流通が発達していない時代、海から離れた京では海産物は珍重されていました。もちろん生魚などではなく、カチカチに乾いた乾物の魚でした。だから御所にも献上されていた棒鱈を、柔らかく戻す工夫があれこれとなされていたのです。そこで権太夫は円山で育った海老芋と抱き合わせて炊き上げる、独特の調理法を編み出しました」と、その成り立ちを語ってくれた若女将の北村佳苗さん。すると海老芋が棒鱈を柔らかくし、棒鱈が海老芋の煮崩れを防いでくれた。両者はまさに奇跡のような相性の良さを見せたのだ。以来「いもぼう」は、山のものと海のものが出合い、一緒の鍋で美味しく炊き上がった、お目出たい縁結びの料理とされた。そのため誕生以来ずっと、ハレの日のご馳走として人気を博している。「ところで、通路や部屋が曲がっているのは?」と尋ねると「屋形船を模した形なのです」という答えが返ってきた。部屋から見える景色を、舟遊びに置き換えてしまうあたり、いかにも都人の粋を感じさせる。粋な部屋でいただいたのは、店自慢のお昼ご飯「いもぼう御膳」。女性の拳ほどもある大きな海老芋がごろりと入った「いもぼう」は、やはり存在感抜群。横にはしっかり鱈もいる。海老芋は中までしっかり鱈の味が染み込んでおり、口に含むとしっとりとした旨味が広がる。見た目のインパクトとは裏腹に、間違いなく繊細な京料理そのものだ。さいの目に刻まれた豆腐があんとよく絡み、五感をほっこりさせる「祇園どうふ」や、湯葉や卵焼きの入ったお吸い物なども、膳を華やかにしてくれる名脇役である。いもぼう ひらのけほんてん京都市東山区円山公園内知恩院南門前黄金の出汁が奏でる見事な味名店で愉しむ和食の真髄直心房 さいき〈祇園〉右2点/「強肴(しいざかな)」は長芋、ズッキーニ、たらの芽、それにネギ味噌と辛子と共に牛肉の味噌漬けが盛られていた。奥は山芋そうめんに鯛の白子、いわ茸などを盛り合わせた、口当たりが爽やかな一品。左2点/すっぽん鍋は耐熱性に優れ余熱でおこげができる。ご飯の旨さを再認識させられる。食材の特性を見極めて一番美味しい状態で提供昭和7年(1932)に創業した料亭「さいき家」の三代目、才木充さんは「実は料理人にはなりたくなかった」と語る。子供の頃は店と自宅が同じ場所にあったから、父は仕事着のまま家に帰ってきた。それを支える母の苦労を見ているうちに、そんな思いに捉とらわれたのだという。しかし全寮制の高校に進学した頃、考えに変化が生じる。三代目としての道を歩む決意を固め、他の店で修業することを申し出ると、父親からは大学進学を勧められた。大学時代は様々な飲食店でアルバイトをしたおかげで、色々な人と接し、お客様に喜んでもらうにはどうするのか、という姿勢を身に付けた。大学卒業後は関西一円の和食、割烹、ホテルなどで経験を重ねた。なかでも日本料理の第一線で活躍していた村上一氏の下で修業できたのは、何よりの糧になったという。そして29歳の時、実家に戻っている。だが大箱料亭だった「さいき家」は、冠婚葬祭や催事の仕出しなどがメインだった。そのスタイルに違和感を覚えていたタイミングで、建物の老朽化などもあり、店をリニューアルすることになった。そこで平成21年(2009)、店を東山の高台寺にほど近い、静かな小径の奥に移転し、店名も「直心房さいき」とした。平成23年(2011)からは7年連続でミシュラン一つ星を獲得。「全ての食材にこだわるのはもちろん、それぞれの食材が持つ旨味を最大限に引き出すように、下ごしらえや温度などに気を配り料理を仕上げす。なかでも日本料理の骨格である出汁にはこだわっています」利尻昆布と鮪節を贅沢に使用し、毎朝5時から4時間も火にかけ仕上げている。黄金色に輝く美しい出汁は、そのまま飲めば濃密な旨味が口いっぱいに広がる。それでいて濁りは一切感じない極上のものだ。魚は本来の美味しさを味わえるように、和紙で包み軽く塩をする「紙塩」を施す。それにより魚の生臭さが消える。お造りは一番美味しい瞬間を逃さず提供してくれるのだ。野菜は種類ごとに違う契約農家から直接仕入れている。自ら畑に出向いて状態を目で確かめ、その日使う分量だけを分けてもらうので、鮮度は抜群で味も濃い。もう一品、必ず供されるのは牛肉の味噌漬けだ。これはほのかな八丁味噌の香りが、牛肉の甘みをより増してくれる逸品。そしてお昼ご飯でも必ず出される人気メニューが、島根県の棚田で栽培された「仁多米」である。それをすっぽん鍋用の土鍋を使って、ひとつずつ炊き上げている。才木さんが「ご飯だけ食べたいとおっしゃる常連さんも多いです」と話してくれた通り、炊きたてのご飯は甘みが強く、おかずなどは一切不要といっても過言ではない。季節によって、様々な具材を使った炊き込みご飯も提供してくれる。火を止めしばらく置いておくと、鍋の余熱でおこげができ、それがまた最高に美味なのである。じきしんぼう さいき京都市東山区八坂鳥居前下ル上弁天町443-1東山の喧騒とは無縁の静かな空間で茶粥を食す高台寺 松葉亭〈東山〉右/料理の説明をしてくれた女将の畦地真澄さん。店は家族だけで切り盛りしており、おもてなしの心を旅館時代から引き継いでいる。左上/湯豆腐やだし巻き、自家製のつくだ煮などが付く茶粥セット(2000円)。左下/発芽玄米の番茶で炊いた香り豊かな茶粥。香ばしさが口中に広がる。さらりとした口当たりと番茶の香りが引き立つ茶粥青葉が累々と連なる東山の山稜。その山麓には清水寺、高台寺、知恩院をはじめ名だたる古刹が南北に数多く点在し、京都きっての観光エリアとして国内外に広く知られている。「松葉亭」は店名にも冠してあるように、その「高台寺」の近くに暖簾を掲げる料理処である。高台寺は豊臣秀吉の正室・北政所ねね様が、秀吉の冥福を祈るために建立した寺院で、寺の前の散策路は“ねねの道”と呼ばれて親しまれている。近年は産寧坂、二寧坂から続くこの界隈は“喧騒”とも例えたくなるほどの賑わいを見せているが、「松葉亭」はその人波から少し離れた路地に町家の情緒をたたえて静かに佇んでいる。格子戸の入り口から暖簾をくぐり、細長い通路を抜けて中庭へ。明るく開けたそこには苔の色も鮮やかな京都らしい小さな坪庭が設えられ、客はそのまま玄関へと導かれる。「おこしやす」のはんなりとした出迎えと共に通されるのは、床の間のある数寄屋造りの落ち着いた座敷。店というより町家のお宅にお邪魔したような空間に心が和む。「創業は大正元年(1912)ですが、昭和30年(1955)には旅館業も始め、8年前までは“片泊まり”の宿としても営業しておりました。夜は懐石料理、お昼は茶粥や湯豆腐、ひょうたん弁当などをご提供しています」と話す女将の畦地真澄さん。ランチの後の喫茶タイムには、あんみつやぜんざいなどの甘味も愉しめる。わずか10席のみだが、客一人ひとりに目が行き届き、おもてなしするにはちょうどいい規模の席数だという。お昼にいただけるこの店の名物はなんといっても茶粥セット。番茶で炊いた茶粥、だし巻き、湯豆腐、生湯葉の田楽味噌、そして自家製のちりめん山椒、湯葉のつくだに、しいたけ昆布などが添えられる優しい味わいだ。番茶は発芽玄米の宇治茶を使用。生米からことこと炊き上げた茶粥は、香ばしい風味と、胃に染み入るさらりとした口当たり。さらに山椒の利いたちりめんを載せると、また違う味わいを愉しめる。実に美味だ。また、湯豆腐は三条白川にある山崎豆腐店の豆腐を使っている。「毎朝、お豆腐屋さんまで歩いて買いに行ってます。運動にもなるし、私の日課なんでよ」と笑顔を見せる畦地さん。こちらも豆の味が濃い滑らかな豆腐が舌を愉しませてくれる。一方で、予約制(2名以上)の夜のコース料理は本格的な懐石料理。八寸から始まり、お造りや焼き物などが彩りよく供されるが、茶粥をしみじみ味わううち、次はぜひこちらも味わってみたいと思わせてくれた。奈良や京都宇治の朝ご飯としても知られる茶粥だが、京都で本格的に茶粥が食べられる店はそう多くはない。隠れ家的な雰囲気といい、茶粥といい、ちょっと秘密にしておきたくなる、でも、人に教えたくなるそんな貴重な一軒である。こうだいじ まつばてい京都市東山区金園町407※こちらは男の隠れ家2019年6月号より一部抜粋しております

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  • 京都の路地裏ひるごはん

    京都の雰囲気や味を堪能したいけれど夜の名店はなかなか暖簾をくぐれない。それならお昼ご飯時に訪ねてみよう。気軽に敷居をまたぐことができ、京都の味も佇まいも十分堪能できる。昼に京料理が愉しめる路地裏の名店をご紹介。蓮月茶や〈東山〉京都随一の名刹を目前に佇む創業百二十年の豆腐料理店歌人・大田垣蓮月に由来する趣深い豆腐料理の専門店知恩院と青蓮院門跡を目前にする風情たっぷりの店構え。東山の有名観光地へのアクセスも抜群の立地にある。風流な名称に惹かれ、店の暖簾をくぐる。京都を代表する料理のひとつでもある豆腐料理。新旧様々な店があり、どこへ足を運ぼうかと悩むところだが、この店の、豆腐ではなく“豆富”と書く粋な例えと、幕末の歌人・大田垣蓮月に由来する店名にまず心が動かされる。店は明治33年(1900)の創業時から知恩院と青蓮院門跡を目の前にする東山エリアの静かな場所にある。それぞれの寺域の木々と溶け込むような佇まいは情緒たっぷり。例えば春は、座敷の窓から知恩院の桜が借景となって眺められる。華やぐ景色と共に味わう豆富料理はまさに贅沢そのものだろう。店名由来の大田垣蓮月は知恩院山内華頂宮譜代の息女として育ち、歌人、陶芸家として名を馳せた人物である。豆腐が大好物で「おかべとお野菜さえあれば何も要らぬ」という言葉を残したほどだった。“おかべ”とは京言葉で豆腐のこと。白壁=おかべに例えて、そう呼ぶのだそうだ。昼の「とうふ料理コース」。梅酒の食前酒から始まり、川の流れに見立てた滝川豆富、かにみそ豆富や豆富グラタン、そして湯どうふなど、滋味に富んだ京らしいやさしい料理が並ぶ。品書きは季節で内容が少し変わるものの昼食は「とうふ料理コース」(3000円)ひとつのみ。生麩のしぐれ煮、滝川豆富、かにみそ豆富、生麩田楽、豆富グラタン、ゆば煮と高野豆富、湯どうふなど豆富づくし全10品が膳を賑わす。夜は生ゆばが増えて11品になる。「蓮月尼が好んだお豆腐を、様々な形の料理で味わっていただきたいのです」と、語る主人の黒川篤さんは店を引き継ぐ四代目。創業時は甘酒茶屋として開業した。その後、甘酒と湯豆腐を提供する店として長く歴史を刻んできたが、現在は甘酒をやめて豆富料理専門店に。店も往時の面影を残しつつリニューアルした。因みに豆腐を豆富の字にあてたのは初代の頃からで、滋味に富んだ豊かな味わいは、後者のほうが相応しいという思いからだったという。「お豆腐は白川の“山崎豆腐店”、湯葉は清水五条坂の“ゆば泉”から毎朝仕入れています。豆腐も湯葉も素材がいいからこそ料理も引き立てることができるんですね」。定番の湯どうふは木綿と絹ごしの中間の口当たり。秘伝の出汁にくぐらせて口中に運ぶと、つるんとした舌触りと大豆のふくよかな甘みが広がった。豆腐というシンプルな素材をここまで豊かな料理に仕上げる主人で料理人の黒川さん。創意工夫を凝らしたその一品一品は、どれも個性豊かで味わい深いものばかり。さて、蓮月尼がもしこれらを食したなら、どんな感動の言葉を綴るだろうか......。竹島ICHIGO〈木屋町〉厳選された旬の素材と経験豊かな技で風雅な料理に気軽に立ち寄れる店ながら京料理の真髄が味わえる左/見た目も美しい定番の「一期会席」は通年味わえる。料理に合う地酒も数多く用意されている。右上/お造りとして供されるのは鮮度を大切にした旬の魚介ばかり。右中/カウンター席は店長の包丁さばきを見ながら食事が愉しめる、ある意味、特等席だ。右下/お造りに添えられるワサビも、その場ですりおろしたものをつかう。木屋町通に面したビルの1階にある小径の一番奥に、目指す京料理の店「竹島 ICHIGO」はある。「こんな立地ですから、一見さんからはよく“入りづらい”という声を聞きます。でも来店していただければ、リーズナブルで居心地のいい店だと感じていただけるはずです」と語る店長の稲垣嘉弘さんは、ちょっと面白い経歴の持ち主。最初は寿司職人を目指して修行をスタート。その後、洋食屋やバーなどを経て、京都の料理屋で京料理の修業を始めた。10年頑張ったところで、なぜか無性に居酒屋がやりたくなり、居酒屋に転職。そこで働いている時に、この店のオーナーと知り合う。「私がいろいろな経験を経てきたからか、あまり固定観念にとらわれないのでしょう。新しい献立を考える際でも、上から指示するだけではなく、積極的に若い人の意見も取り入れる。それがスパイスとなって、より良いものができればいいと考えますから。そんな姿勢が、この店の居心地の良さなのかもしれません」元々は明治30年(1897)に旅館として創業。昭和56年(1981)に「割烹竹島」として、新たな歴史を刻み始めた。東に鴨川、西に高瀬川が流れ、夏は川床も楽しめる風雅な割烹として、多くの食通に愛されてきた店だ。そして平成26年(2014)に店内をリニューアル。完全個室になる座敷もあるが、カウンター席とテーブル席を中心に据えた、オープンな雰囲気の店となったのだ。「オーソドックスな京料理なので、今まで馴染みがなかった人でも、愉しんでいただけると思います」旬を大切にした食材は、有機栽培にこだわった国産野菜、瀬戸内海を中心に各地から運ばれてくる新鮮な魚介類。そして忘れられないのが、A4ランクの広島黒毛和牛だ。そのサーロインを使用した陶板焼きは、余分な脂身を取り除き、上質の部位だけ提供する贅沢な逸品と評判。お昼ご飯で楽しめる会席は、写真で紹介している「一期会席」(5000円)のほかに、女性にお勧めの「昼会席」(4000円)がある。前菜、お造り、焼き物、焚き合わせ、酢の物など、8品が愉しめるミニ会席だ。京料理の美味しいところを余すところなく愉しめる嬉しいコース。ただしこちらは10月から4月までの献立。通年味わうことができる「一期会席」は、京料理の美味しいところ全てを気軽に楽しめるコースだ。季節感も大切にした八寸には、食欲を呼び覚ましてくれるだし巻き玉子や酢蓮根などが並ぶ。鮮度が命のお造りは、この日は瀬戸内海のヒラメ、長崎壱岐のアオリイカ、千葉のマグロという取り合わせ。そして海のものは、ほかにホタルイカの酢味噌あえも並ぶ。見た目の美しさだけでも、その鮮度の良さが伝わってきて、口に運べば至福の時間が広がる。そのほか、蛤の糝薯や茶巾胡麻豆腐の雲丹包みなど、手の込んだ料理も並ぶ。そして自慢の和牛陶板焼きも、もちろんセットされている。和牛は口に入れた瞬間にジュワっととろけ、肉の甘みがいっぱいに広がる。そうした料理に隠れがちだが、ご飯の美味しさも忘れてはならない。米は伏見向島産のコシヒカリを使用。それに自家製のジャコ山椒がかかっている。あれこれといただき、お腹は十分満ちているはずなのだが、山椒の香りに食欲が刺激されてお代わりをもらいたくなるほどである。割烹寿司 三栄〈河原町〉静かな路地の奥に佇む名店で京の夏の風物詩「鱧」を味わう卓越した技術で調理された本物の鱧の味が堪能できる店カウンターが7席、テーブルは8席。その他に10名程度入る座敷を用意。人や車の流れが途絶えることのない四条通と河原町通。この2本の大通りが交差する一帯は、京都一の賑わいを見せるエリアといっても過言ではない。そんな河原町通と、並行している木屋町通に挟まれた路地の奥へと足を踏み入れれば、表通りの喧噪が嘘のように静かな光景が広がる。その一角に昭和9年(1934)創業の割烹、寿司の名店「三栄」がある。ここのお昼ご飯は、これからの季節ならば鱧料理に尽きる。「鱧はお客様が来店なさってから骨切り、湯引きといった下ごしらえを始めます。作り置きをしたものだと、ゴムのような食感になってしまう恐れがあるのです。それでは鱧に対する悪い印象を抱かれてしまうでしょう。鱧料理を看板に掲げている以上、それは許せませんから」三代目の清水敏夫さんは、こう話しながら鱧の骨切りを進める手を休めることがない。骨切りというのは、小骨の多い鱧を調理する際に不可欠な作業。皮一枚だけ残し、1寸(約3㎝)に包丁を24~26回入れるのが理想といわれている。清水さんは「技術の良しあしは鱧を裏返せばわかる」と語る。その言葉通り、清水さんが骨切りした鱧には、包丁が美しく入れられている。鱧料理に関するこだわりは、骨切りだけではない。それは鱧しゃぶの出汁にかけた驚くほどの手間暇である。まず鱧の頭と背骨をこんがり丁寧に焼く。大鍋いっぱいにアルカリイオン水を張り、そこに出汁昆布をたっぷりと入れる。さらに九条ネギと鱧の落としを作る時に使用した、鱧のエキスがたっぷり出た水を入れ、アクを取り除きながら沸騰させ、約40分間煮込む。アクが出なくなったら酒をたっぷりと入れ、さらに1時間ほど煮込むのだ。その後、骨や頭、昆布を全て取り除き、大量の鰹節を入れ、ひと煮立ちしたら火を止めペーパーで漉す。仕上げに薄口醤油、味醂、塩、砂糖で味を調えれば完成。濃厚で鱧の旨味をさらに引き出してくれる。「鱧旬菜御膳」は4月27日から提供。これは鱧を約半分いただくメニュー。このスープを使った鱧しゃぶも頂ける「鱧旬菜御膳」(7000円)は、鱧にあまり馴染みがないという人にも、もってこいの献立。骨切りの技の違いが如実に出る鱧落としや、鱧を美味しくいただくのに最適な調理法といわれる天ぷらといった定番料理に加え、サクサクとした食感と香ばしさがクセになる鱧骨せんべいなど、全部で9品が味わえる。極上のスープが愉しみな鱧しゃぶは小鍋で提供されるので、女性でも残さずいただけるだろう。そして〆の鱧寿司も絶品である。鱧は淡白な魚なので、調理次第で味わいは無限に広がるといっても過言ではない。少し甘辛く味付けされた鱧は、酢飯との相性は抜群。しかも骨切りされた食感がしっかりわかる独特の歯応えは、かなりお腹が膨れた状態でもスッと入ってしまうだろう。※こちらは男の隠れ家2019年6月号より一部抜粋しております

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