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男の隠れ家コンテンツ

  • たまにはいいよね?昼呑みのススメ。

    スーツ姿のサラリーマンが足早に過ぎ去っていく。酎ハイ片手に店の外を見ると、太陽はまだまだ元気な昼のひと時。ひと口呑む度に胃に流し込まれ、消化されていく若干の罪悪感。同時に悦楽の時間を噛みしめる。たつや 駅前店[東京・恵比寿]ホッピーファンの聖地と呼ばれる老舗店内の佇まいには老舗らしい風格がにじみ出ている。年季の入ったカウンターの一角に陣取り、やきとりの美味しそうな匂いを嗅ぎながら、名物の黒ホッピーをグイッ。隣の客と会話が弾んでいるうちに、時が過ぎていく。JR恵比寿駅の西口からすぐ近く。お洒落な街・恵比寿にあって、長く愛され続けてきた大衆酒場「たつや」。昼の時間帯に木枠のガラス扉を開けると、店内はすでにほぼ満席。中央のコの字型カウンターの周りで、客が楽しそうに呑んでいる。昭和51年(1976)、創業者の佐藤正光さんが43歳の時に、ボウリング場の支配人を辞め、退職金で開業した。当初から消防、鉄道、タクシーなど夜勤明けの人たちのために朝8時から営業。平日は翌朝4時まで。朝呑み、昼吞みができる店として、恵比寿界隈では古くから知られていた。佐藤さんは現在88歳。会長として週に3回は顔を出して、常連客と一杯やっているという。実はこの店は知る人ぞ知る、黒ホッピー発祥の店だ。「最初はホッピーにギネスビールを入れて、黒ホッピーとしてお出ししていました。〝美味しい〟とお客さんにも好評で、ばんばん注文をもらっていた。そうしたら、ホッピーを製造しているホッピービバレッジさんが、黒ホッピーを商品化してくれたんです」ギネスを使うと値段が高くなるが、黒ホッピーなら安くてヘルシー。現在でも黒ホッピーを頼む客が圧倒的に多い。20本入りのホッピーケースが、一日になんと34箱も消費されるという。「ホッピーの消費量は都内で一番じゃないかな」と佐藤さん。つまみは種類豊富な「やきとり」、創業以来変わらない味の「煮込み豆腐」など。40年以上通っている常連客の大橋さんは、「近くに勤めていた時は、毎日通っていた。リタイアしてからも週2回は来ているね。ここはお客さんがみんな良い人ばかり。その中心にいるのが会長さん。人柄が良いので万人に好かれる。常連客のみんなで釣りやゴルフ、カラオケなどを楽しんでいます」老舗に通うお客さんは皆、品格のある呑み方を心得ている。たとえ黒ホッピーで酔っていても、声を荒げることなく、陽気に呑む。だからその場にいれば思わず笑みがこぼれるし、酒やつまみもまた格別に旨い。常連さんの人柄、それもまた店の魅力のひとつなのだ。なんどき屋[東京・新橋]素材の味を生かした家庭料理右/店の入口は目立つ黄色の看板や電光掲示板があり、一見派手な印象を受けるが、店内は清潔感漂う落ち着いた雰囲気。左上/静かに語らう常連客。左下/男性グループは呑み疲れで一休み。たらこをバーナーで炙るご主人・服部さんは二代目店主。新橋駅前、西口通りといえば、夜ともなると、呑み屋に繰り出す仕事終わりのサラリーマンたちで賑わう通りだ。昼間は閑散としているが、縄暖簾と黄色い提灯が目印の、この店だけは別格だ。「なんどき屋」という店名の通り、24時間営業で、〝いつ、なんどき〟行っても開いている。元々は新橋に数店舗あった牛めし店のひとつ。昭和46年(1971)に独立して、居酒屋へと衣替えをした。今でも牛めしだけでなく、「家庭料理が基本」の単品料理にプラス300円で定食を食べられる。24時間営業なので、朝呑み、昼吞みができる店として人気が高いのは言うまでもない。「一日のうちで混んでいる時間帯は、強いて挙げるなら明け方ですね。早朝4時から7時頃まで。近くで働く同業者などが仕事帰りに寄っていきます」と主人の服部逸郎さん。「昼吞みのお客さんは、明るいうちからすいません、お騒がせします、と申し訳なさそうに言うんです。罪悪感があるんでしょうかねえ。店からすると、昼から呑んでくれてありがとう、ですよ」ガスバーナーでたらこを炙る服部さんは、こう続ける。このたらこは800円。高くても旨いねとお客さんに言ってもらいたい。うちは素材にこだわっているので、単価は決して安くない。でも、料理の味に納得して来てくれるお客さんが多いです」例えば、「牛めし」や「肉豆腐」には服部さんが厳選した和牛を使う。上質な食材を使いたいというその姿勢が、この店が長く人々に愛され続けている秘訣といえる。こだわりは酒にもある。炭酸は瓶ではなく、炭酸が強い業務用を使用。多くの人が注文する名物「Dハイ」を飲んでいた客は、「ダブルのハイボールなので、シングル2杯よりもお得。ここのハイボールは炭酸が強いので、シュワシュワ感が違うんだ」。リピーターが多く、7・8割が常連客というのも納得である。〝家庭で食べるような料理を〟という服部さんの温かな思いと手料理が、今日も都会で働く人々の空腹を優しく満たしてゆく。岐阜屋[東京都・新宿]思い出横丁のある町の中華屋カウンター席で思い思いに昼間酒を楽しむ客たち。店は入口が2つあり、コの字型のカウンターがそれぞれにある。こちらは線路通りに面した店内で、一人で静かに呑むには最適な場所。反対側はオープンな造りで、グループ客でも楽しめる。新宿・思い出横丁は狭い路地に呑み屋がひしめき合う、人気の呑み屋街だ。横丁で唯一の中華屋として昭和21年(1946)に創業。専務の堤康一さんによれば、創業者は岐阜出身で満州から引き揚げてこの地で中華屋を開業したという。昭和43年(1968)に堤さんのお父さんが引き継ぎ、現社長が四代目となる。「元々は満州の味だったが、二代目は横浜中華街、四代目は高級中華料理の店で修業しているので、今では日本人好みの、昔ながらの味になっています」と堤さん。最近流行の町中華での昼吞みは、この店では昔から当たり前だったそうだ。10年来の常連客は「勤務時間が不規則で、仕事帰りに朝、昼呑める店はありがたい」と顔をほころばせる。「これからも安らげる場所を提供し続けていきたい」と堤さん。活気と優しさに包まれた温かい町の中華屋に今日も人々が集う。クラフトビアバル IBREW 新橋駅前店[東京・新橋]30種類以上のクラフトビールが呑める通りすがりにフラッと入れそうな、カジュアルで親しみやすいクラフトビール酒場。昼の時間帯はのんびりしているが、夜になると満席になり、立ち呑みで楽しんでいる客も多い。クラフトビールは一律料金でハーフ390円、パイント690円。橋駅前ビルの1階にある、クラフトビール酒場「IBREW」。カウンター奥の壁には、30種類の生樽サーバーのタップがずらりと並ぶ。クラフトビールは国産に限定。30種類をラガー、エール、フレーバー、WHEAT(小麦)、IPA(インディア・ペールエール)、ブラックの6タイプに分類、メニューにも表示しているのでビール選びがしやすい。店長の赤羽根優衣さんは言う。「クラフトビールはいろいろなタイプがあるので、ビールが苦手な人でも自分の好みに合うビールを見つけられます」人気のつまみは、「自家製おばんざい」と「もつ煮」。「和食系のつまみが意外にクラフトビールに合うんだよね」と昼吞みの男性が言う。お勧めは、平日の19時まで限定の「ちょい呑みセット」。クラフトビール3種とおばんざいで1000円(税込)、これを目当てに訪れる客も多いようだ。※こちらは男の隠れ家2019年12月号より一部抜粋しておりますRecommend Contents自宅で本格的な炉端焼きを楽しもう【伊賀焼 あぶり名人】伊賀焼の美学と工芸の粋を結集伊賀焼 「あぶり名人」は、伊賀焼の美学と工芸の粋を結集した、本格的なあぶり焼きが楽しめる逸品です。素朴でありながらも高度な技術が込められています。「あぶり名人」の特徴は何と言っても、そのメカニズム。――続きはこちらからROGENオイルリッチローション乾燥/テカリに秒速1本ビジネス専用オールインワン化粧水日本初、印象のプロが監修したオールインワン化粧水。男性肌特有の肌悩みに着目し、男性肌の特徴にこだわった無添加オールインワン化粧水。1本で、化粧水、美容液、乳液、アフターシェーブローションまでの機能性を実現。――商品詳細はこちら

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  • TOKYO BAR STORY【銀座編】

    TOKYOには星の数ほどBARがあり、客にサーブするバーテンダーがいる。そして、そこにはやはり星の数ほどの語り尽くせない素敵な物語があるのだ。1.ジャパニーズバーテンディングの技術を世界に知らしめる名門銀座1丁目 【 STAR BAR GINZA 】重厚感あふれる店内はマスターの岸氏がヨーロッパのパブをイメージして部材を見つけてきた。装飾を施した天井がゴージャスな雰囲気に。テーブル席も落ち着いた印象だ。日本のバーテンディングのレベルの高さを世界に知らしめるバーである。接客の洗練さ、軒数、客質。その何を取っても〝日本一のバーの街〟といわれる銀座においても、名バーとしての要素を何ひとつ欠くことがない一軒だろう。オーナーバーテンダーの岸久氏が築いてきた功績が、その理由を物語っている。平成8年(1996)には国際バーテンダー協会(IBA)が催す世界カクテルコンクールにおいて、日本人で初めて優勝。平成20年(2008)には厚生労働大臣によって卓越した技術者のみが表彰される「現代の名工」を、バーテンダ―として初めて受賞。長い間日本バーテンダー協会(NBA)の会長を務め、平成26年(2014)には、各功績を認められ黄綬褒章を受章した。カウンターの正面、バックバーの真ん中に目をやれば、岸氏が、アイラ島の親善大使「アンバサダー・オブ・アイラ」であることを表した額装が飾られている。国内のみならず、海外からこのバーを目指してくる客も多い。彼らがまず一様に驚愕するのが、あまりにも透明すぎる「氷」だ。カウンター内には温度を微妙に変えた3台の冷凍庫を揃え、氷屋から仕入れた純氷の貫目氷を、緩める、締めるを繰り返し、まさに一点の曇もない透き通った氷に仕上げる。店長の吉田達也氏が「仕入れてから3日目でやっとお客様のグラスに届きます」と、さらりと言うその氷は、カクテルを提供する直前によく研がれた包丁で形を整えられピタリとグラスに収められる。液体を注ぐとその透明さゆえに、まるで何も入っていないかのようにフォルムは消え失せ、カクテルを飲んで液体が減っていくにつれ、再び姿を現す。それは〝ニンジャ・アイス〟と呼ばれ、今や海外のバーラヴァーにも知られることとなっている。これだけでも、このバーの良さがわかるというもの。現在、「スタア・バー」は全4店舗を構える。銀座タイズ、京都、東京ミッドタウン日比谷。その中でも本店である銀座は〝芯〟の部分を担うべく、岸氏の教えがひときわ純粋に行き届いているといえよう。入社8年目になるという吉田氏に、マスターからの教えの中で、特に心がけていることを尋ねてみた。「実は、カクテルの技術より何より、一番大事なのは〝差配する〟ことが真髄だと感じています」差配する。それは、迎え入れた客のもてなしであると同時に、バーという限られた空間の空気を守るべく制御の要素も求められるという。例えば、と過去のエピソードを吉田氏が教えてくれた。多くのバーでそうであるように、スタア・バーでは隣客に話しかけることは歓迎されない。ある男女のカップルが来店した時、女性の方が隣席の外国人客と盛り上がってしまい、エスコートしてきた男性が取り残されてしまう状況。当時の先輩バーテンダーが女性客をたしなめるも、状況はむしろエスカレートする一方。やむを得ず、先輩バーテンダーが女性客にかけたのは、「今日はそろそろお引き取りください」という言葉だった。女性客は大層立腹し、バーテンダーに、なんとコップの水をかけて席を後にした。だが、この時、岸氏が弟子にかけた言葉は「それでいい」だった。2人で来たなら、ここでは2人のバーの時間を楽しんでほしい。スタア・バーがたとえ満席でも凛としたバー空間が保たれているのは、そんな差配のおかげであり、それがこのバーの真意というわけだ。「まだまだ経験の浅かった私は、スタア・バーであることはこんなところから気を配るべきなのか、と感じ入りました」と吉田氏は振り返る。岸氏が弟子たちに言う言葉があるというので教えてもらった。「きっちりできないなら、やらない方がまし。だから、やるならしっかりやろう」気も時間も使って、そこそこならやらない方がましだ。だから、やるなら高みを求めて完璧にやりきる。それには、いかに前もって準備をするか。いかに効率的に動くか。いかに頭を使うかということだ。ニンジャ・アイスは、スタア・バーの目指す精神性の高さを物語る、それこそ氷山の一角でしかない。ここに、カクテルごとに使う氷の冷凍庫3台を使い分けていることもさらに付記しておこう。例えばジントニック用の氷、ショートカクテルを作るためのシェイク用の氷、まだ仕入れたばかりの堅さを緩めるために寝かせている氷。でもこれも彼らにとっては日常のこと。聞かない限り、雄弁に語られることはないだろう。慎ましくも、極められし技。氷ひとつからそこに宿るバーテンダーの心意気をくみ取るのも、バーを訪れる愉しみではないだろうか。2.バーテンダー協会の理事長が創業 半世紀以上続く歴史と往年のもてなし銀座5丁目 【 JBA BAR SUZUKI 】長いカウンターを照らす照明は、創業時からのもの。古き良き時代のオーセンティックバーと聞いて浮かぶシーンに、そのまま入り込んだようである。温かみのある明かり。年季の入ったカウンターの手触り。バーテンダーの真摯なもてなし。半世紀以上紡がれてきた歴史がこの空間にある。昭和42年(1967)創業。開いたのはJBAの理事長を務めていたバーテンダー、鈴木昇氏だ。JBAとは、日本最大のバーテンダーの協会である日本バーテンダー協会(NBA)の礎となった団体のこと。「お酒の先生のような存在でした」。鈴木氏のことをそう振り返るのは、現オーナーの吉田奉敬氏である。吉田氏はかつて客として通っていたひとり。昭和46年(1971)の洋酒の輸入自由化解禁の折、自身も輸入を手がけるようになり、右も左もわからない洋酒の手ほどきをしてくれたのが鈴木氏だった。「穏やかで知的で、本を書くのが好きでね。一般者向けのカクテル教室の先生もやっていましたよ」。そんな人柄を慕って、このバーには、多くのインポーターが客として集った。鈴木氏は、彼らの酒を客に紹介し、時に互いの酒を試飲させ、「この酒はこう売ったらいい」なんて講義もしてくれた。だが、64歳で食道がんのために他界してしまう。常連だった吉田氏に「バーと妻を頼むよ」と言い遺した。その後、ひとりで店を切り盛りしていた妻の君子さんから「店をたたもうと思う」と聞いたのは、鈴木氏の死から2年経た頃だった。吉田氏はマスターの遺志を継ぐべく自身がオーナーとなり、バーを移転。今も守り続けている。店長を務める久野修平氏は言う。「ある時代には、バーテンダーが見習いで来るようなバーでした。ここで学んだのは、お客様の状況をくみ取る温かい接客です」。往年の雰囲気をたたえるこのバーも、今年4月には老朽した部分をリニューアルするという。とはいえ、肩肘張らずに過ごせるもてなしが、変わることはない。3.゛銀座のバー”の正統を守る 名店の矜持に満ちた一杯銀座6丁目 【 BAR 保志 】ビルの8階が店舗。正統を味わうにはこの店の扉を開けよう。バーテンダー・保志雄一氏がカクテルと出会ったのは学生時代にアルバイトをしていた宇都宮の名店「パイプのけむり」。酒といえばビールかウイスキーくらいしかなかった当時、色鮮やかなカクテルに魅了された。同時に世界のカクテルコンペティションで活躍するオーナーバーテンダー・大塚徹氏の活躍を間近で見て、〝酒で世界に挑戦できるのか〟と衝撃を受けた。以来42年間カウンターに立ち、自身も国内外のコンペティションでの受賞を重ねてきた。基本に忠実に、そして先駆的に。氏のもとでそんな〝保志イズム〟を学んだ後進たちが今、銀座のいたる所で店を構える。伝えたいのは確かなプロの技術、そして気遣いだ。「間違いのない本物を提供すること。それが銀座という街が持つ伝統です」。銀座が家なら後進の一人ひとりは家族だと、保志氏は続ける。街と酒と人を愛する氏が作るカクテルが、今夜もカウンターを彩る。※こちらは男の隠れ家2019年4月号より一部抜粋しております

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  • 店主こだわりの本が並ぶ書店

    かけがえのない一冊との出会いを演出するセレクトブックストア。今回は主に新刊を取り扱う東京の書店を厳選。それぞれ店主の思いが詰まった魅力的な空間である。【Title】荻窪まったく新しい、けれどなつかしい古民家をリノベーションした建物。新刊書店として息を吹き返した。ありそうでない、よく吟味された本が並ぶ子どもの頃、町の商店街を歩いていると小さな書店を見つけてワクワクしたことはないだろうか。入口の棚には雑誌の最新号が置かれ、奥には本棚がズラリと並んでいる。大型書店のような品揃えではないが、その分、人気の本がよく選ばれている。JR「荻窪駅」から少し離れた青梅街道沿いにひっそりと佇む書店「Title」は、そんな懐かしさを感じつつ、店主の辻山良雄さんが選んだ今読んでおきたいと思える新刊が並んでいる。「普段の自分でいられる楽な場所が良いと思っていました。荻窪は編集者や作家、デザイナーさんなどが多く住んでいて、土地柄なのか、みすず書房や岩波書店の本などがよく売れるんですよ」と辻山さん。もともと2015年7月に閉店したリブロ池袋本店の統括マネージャーだった辻山さんは、その2年前に母が亡くなり、生き方を見つめ直したいと考えていた時期だった。そして2016年1月10日に自分で小さな書店を開いた。「1000坪あるような大型店だと自分だけでは全てを把握できません。ここでは一冊一冊、具体的に売れ方が見えてきます」店に入ると何だか〝美しい〟と感じるはずだ。よく見ると宣伝用のPOPが、極力飾られていないことに気がつく。「キレイに置いておけば、良い本であれば何かを発するはずです。なるべく本の顔を邪魔しないように、お客さんとの出会いを大切にしてあげたいと考えています」店の奥は8席ほどのカフェスペースになっており、コーヒーを飲みながら購入した本を読むのもいい。また2階はギャラリースペースになっており折々の展示を行う。もうひとつ近年の傾向として注目したいのはSNSなどを活用した情報発信だ。ホームページでは「毎日のほん」と題してお勧めの一冊を紹介。さらにツイッターで刊行記念イベントの告知も行っている。しかし何といっても本拠地は〝リアル書店〟である。「本には一冊一冊に違う世界が入っています。ネット検索だと自分でフィルターをつくってしまいがちですが、書店という前段階の広いフィルターがあれば、目的とは全く違う本と出会える機会にもつながります。1時間以上も本棚を眺めているお客さんもいますよ」と辻山さん。あらためて本の魅力の原点を発見できる場所だ。【H.A.Bookstore】蔵前本の制作・流通・販売を手がける床板や手作りの本棚などに温もりを感じられる空間。本作りから流通・販売まで実践するスタイル蔵前はものづくりの匂いのする町だ。雑居ビルの入口に「本」と書かれた看板。何だろうと階段を上ると一室に小さな書店がある。松井祐輔さんが営 む「H.A.Bookstore」である。丁寧に作られた長く販売できる本が並んでいる印象。リトルプレスなど手に入りにくい雑誌も並び、D.Y.I.で手作りした本棚は温もりがあって本と調和している。もともと出版社の経理部や本の流通を担う取次会社で働いていた松井さんは「本の全てに関わりたい」という思いを抱いていた。その一貫として始めたのがこの書店だ。平日は内沼晋太郎さんが代表を務める「numabooks」に勤務しながら、週末など限定でオープンする。「町を歩く人が偶然立ち寄ってくれたりしています。書店の魅力は、リアルな棚があることで不特定多数の本が視界に入ることだと思っています」と松井さん。面白いのはリトルプレスだ。例えば推薦してもらった廃墟や珍スポットを紹介する「八 画文化会館」は知る人ぞ知るインディペンデントマガジン。また松井さん自身もインタビュー雑誌を手がけている。小さな出版社の新刊なども並び、大型書店では見つけにくい良書を発見できる。「本を売ること、作ることに差異はありません」と松井さんは考えている。今後注目したい「本のある空間」のカタチといえそうだ。【歌舞伎町ブックセンター】新宿「LOVE」の本が並ぶバーの壁面に置かれた本棚。書店だと気づかないお客さんも多かった。ホスト書店員が注目を集めた書店2017年10月、歌舞伎町にオープンして話題となった「歌舞伎町ブックセンター」。バーの一角を利用した書店で、「LOVE」をテーマにした本が並ぶ。といっても恋愛だけでなく人間愛やフェニミズムなど選書は幅広い。書店員だけでなく本物のホストも店頭に立つというのも新感覚である。現在、2019年2月の移転に向けて10月7日に一時閉店したが、同じ歌舞伎町で来年リニューアルオープンする予定だ。「歌舞伎町は居心地が良かったんです。多様な人がいるということが本棚にも表れていると思います」と話すのは書店員のひとりである森山さん。山形や岐阜など遠方から足を運んでくれるお客さんもいたそうだ。オーナーの手塚マキさんも元ホスト。若いホストたちに読書をさせて心の幅を広げてほしいと考えていたのが開店のきっかけだ。「本を通じて色々な人の気持ち、感情を知ってほしい。昔は背伸びをして教養のように本と接していましたが、今は素直になりました。本と共に生活することが好きなんだと思います。手に持って運びたい。人に例えるなら電話するのと会うの、どっちが好き? という感じですね」と手塚さんは笑う。書店だと思わずに立ち寄ったお客さんに本を勧めたり、あるいは逆に教えてもらうこともある。本を通じたコミュニケーションの場だ。移転後の取り組みにも注目したい。【往来堂書店】千駄木世の中の面白いが詰まった町の本屋書店の外観。旬のトピックを収集して棚づくりを行う。文脈棚で知られる地域密着型の新刊書店町の書店と聞いて、人が思い浮かべるイメージがそのまま具現化された空間である。店頭に置かれた雑誌の棚が呼び水となり、店内に足を踏み入れると様々なジャンルの本が過不足なく並んでいる。子ども連れの母親やジョギング中の夫婦など、地域の人たちが立ち寄っては本を探している。店長の笈入建志さんは話す。「本を買ってくれる人は一定数変わらずにいます。名のある著者だから売れるわけではなく、読者に近い企画を立てている本が着実に売れているという印象です」同店は文脈棚と呼ばれる棚づくりで知られる。ジャンルではなく、関連する本を笈入さんの感性で並べて出会いを演出している。「例えば世の中で議論になる出来事は、家族や差別、政治など色々な問題と関係しています。埋もれてしまっている地味な本も集めて棚づくりをしたいです。こんな本もあるんだと気付いてもらえれば、またお店に来てくれるきっかけにもなると思います」こうした新刊書店を巡っていると決して流行だけで本を買う時代ではなくなっていると感じる。「本屋に発見を求めてお客さんは来てくださいます。最近は動物の気持ちに関する本がなぜか動いていましたよ(笑)」気軽に書店に立ち寄ってみてほしい。そこには自分の思いもよらない世界が広がっている。【POST】恵比寿海外出版社から輸入した美術書専門店どれも日本では見ることができないような洋書が並ぶ店内。貴重な洋書を手に取って見られる空間閑静な住宅街に木調の白い壁が印象的な建物が佇んでいる。ガラス張りの向こうには本棚があり表紙が美しく見えるように一冊一冊が丁寧に飾られている。恵比寿の海外の美術書専門店だ。古美術書を扱っていた「limArt」の場所に、2013年より代々木の書店「POST」が移転。古書と新刊を扱うようになった。もともと倉庫だったという建物は趣があり、木の温もりあふれる店内は写真集やアートブックがよく映える。「音楽をレーベルごとに聞いて表現を深掘りするように、出版社ごとに本を見ることで発見があるのではと思います」とストアマネージャーの錦多希子さん。並んでいる本はドイツやフランス、アメリカなど主に欧米の出版社から輸入した貴重な美術書ばかり。デザイナーや写真家などがインスピレーションを求めて本を探しに来る。入口の本棚は各出版社ごとの新刊を並べる特集棚になっており、2カ月ごとに入れ替わる。この日はアメリカのサンタフェにあるラディウスブックス社の本が並んでいた。「美術書は手に取って見ていただくことで、初めて紙の選び方や印刷の風合いなどを感じられます。実物を見ることは代えがたい経験になると考えています」近年は純粋に欲しい、贈り物にしたいという一般の人も多いというが納得の本ばかりである。【森岡書店 銀座店】銀座作り手と読者が喜びを分け合う空間この日は日高理恵子さんの作品集を販売。”一冊の本を売る書店” をコンセプトにして2015年5月にオープンして3年が過ぎた。〝一冊の本を売る〟という斬新なコンセプト。期間を定めて一種類ずつ本を並べ、派生する作家の展覧会などを行うというモデルが当時注目を集めた。店内の床面は黄金比になっており、中央のテーブルに置かれた本が非常に際立つ仕掛け。書店かつ、ギャラリーでもある独特の空間に思わず人は吸い込まれる。「日本の出版文化に助けられている感覚があります。斜陽と言われても世界的に見れば日本の出版点数と質はとても成熟しています」と語るのはオーナーの森岡督行さん。書店の役割がここ15年くらいで変わったと感じているという。そのひとつはコミュニケーションの場になったということだ。「本を作り上げた喜びを作り手や読者の人たちで共有してほしいと思っています。本は経験に近いもので、自分たちの気持ちに及ぼす影響も違う気がしています」約1週間に一冊の本を販売、年間で50冊程度を扱う。どれも森岡さんが素敵だと思う一冊だ。「花見のような感覚です」と笑う。そこで作家と読者が集い、つながる。「本は編集や作家、デザイナー、印刷会社など関わる人がとても多い。色々な方とやりとりをすることで自分にも発見があります」誠実に作られた本を、誠実に販売する。その積み重ねが同店の続いてきた理由だと感じられる。【双子のライオン堂】赤坂選者の推薦本が詰まったおもちゃ箱小説家・辻原登さんも選者のひとり。辻原さんの本も並ぶ。本に囲まれた生活を送りたいという思いから赤坂の住宅街、マンションの1階がそのまま書店になっている。選書専門店の名の通り、選者による本が宝の山のように並んでいる。人文系の本が多いだろうか、しかし選者自体の名前は一見わかりづらい。「あまり押し付けがましくしたくないんです」と話すのは店主を務める竹田信弥さん。念のため、思想家の東浩紀さん、批評家の山城むつみさん、小説家の絲山秋子さんなどが選者として参加している。希望として「100年後も残る本を選んでほしい」と伝えた。もともと高校2年生の時にインターネット古書店を営んでいたという竹田さん。大学を卒業して会社に2年半勤務したが本への思いが断ち切れず、3年目に独立した。「本に囲まれた空間をつくりたかったんです。本を中心に生活が回ればと考えていました」書店では月に5~6回の読書会も行っている。例えばドストエフスキーの5大長編を読むといった課題を決めて、集まった人で感想を交換する。20代から60代まで参加者の年齢層は幅広い。最近は読むだけでなく本をきっかけにして、人と関わることを楽しんでいる人々も多いのである。では本が好きな人の理由とは何だろうか。時としてそれは自身のモチベーションになったり、知的好奇心を刺激したり、つまり「僕たちは本に萌えているということですね(笑)」と竹田さん。※こちらは男の隠れ家2018年12月号より一部抜粋しております

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