京都の路地裏ひるごはん。Vol.2
京都の雰囲気や味を堪能したいけれど夜の名店はなかなか暖簾をくぐれない。それならお昼ご飯時に訪ねてみよう。気軽に敷居をまたぐことができ、京都の味も佇まいも十分堪能できる。昼に京料理が愉しめる路地裏の名店をご紹介。屋形船を模したお座敷で愉しむ三百年の歴史を誇る「古都の味」いもぼう 平野家本店〈東山〉「いもぼう御膳」(2500円)はメインのいもぼうのほか、付出し、祇園どうふ、お吸い物、ご飯、香の物という組み合わせ。付出しはひと口胡麻豆腐であった。お昼ご飯では祇園豆腐の代わりにとろろのり巻きが付いている「月御膳」(2700円)や、両方とも付いている「雪御膳」(3000円)なども人気である。山と海の幸が鍋で出合い奇跡の旨味を醸し出した逸品八坂神社を抜け、円山公園や知恩院へと続く石畳の小径をたどると、知恩院南門手前に「いもぼう平野家本店」の看板が見えてくる。落ち着いた雰囲気の竹穂垣に囲まれた門を潜ると、左手に入り口がある。中に入ると左右に障子が続き、通路や部屋が途中で湾曲しているという、不思議な光景が目に飛び込んでくる。「いもぼう」という料理の歴史は遥か昔、徳川吉宗が将軍だった享保の頃(1716~36)まで遡る。粟田の青蓮院に仕えていた平野権太夫は、御用のかたわら御料菊園、蔬菜の栽培に携わっていた。ある年、青蓮院の宮が九州行脚の折に唐の芋を持ち帰ってきた。これを円山山麓に植えると、姿が海老に似た良質な芋が育ったので、海老芋と名付けた。「今のように流通が発達していない時代、海から離れた京では海産物は珍重されていました。もちろん生魚などではなく、カチカチに乾いた乾物の魚でした。だから御所にも献上されていた棒鱈を、柔らかく戻す工夫があれこれとなされていたのです。そこで権太夫は円山で育った海老芋と抱き合わせて炊き上げる、独特の調理法を編み出しました」と、その成り立ちを語ってくれた若女将の北村佳苗さん。すると海老芋が棒鱈を柔らかくし、棒鱈が海老芋の煮崩れを防いでくれた。両者はまさに奇跡のような相性の良さを見せたのだ。以来「いもぼう」は、山のものと海のものが出合い、一緒の鍋で美味しく炊き上がった、お目出たい縁結びの料理とされた。そのため誕生以来ずっと、ハレの日のご馳走として人気を博している。「ところで、通路や部屋が曲がっているのは?」と尋ねると「屋形船を模した形なのです」という答えが返ってきた。部屋から見える景色を、舟遊びに置き換えてしまうあたり、いかにも都人の粋を感じさせる。粋な部屋でいただいたのは、店自慢のお昼ご飯「いもぼう御膳」。女性の拳ほどもある大きな海老芋がごろりと入った「いもぼう」は、やはり存在感抜群。横にはしっかり鱈もいる。海老芋は中までしっかり鱈の味が染み込んでおり、口に含むとしっとりとした旨味が広がる。見た目のインパクトとは裏腹に、間違いなく繊細な京料理そのものだ。さいの目に刻まれた豆腐があんとよく絡み、五感をほっこりさせる「祇園どうふ」や、湯葉や卵焼きの入ったお吸い物なども、膳を華やかにしてくれる名脇役である。いもぼう ひらのけほんてん京都市東山区円山公園内知恩院南門前黄金の出汁が奏でる見事な味名店で愉しむ和食の真髄直心房 さいき〈祇園〉右2点/「強肴(しいざかな)」は長芋、ズッキーニ、たらの芽、それにネギ味噌と辛子と共に牛肉の味噌漬けが盛られていた。奥は山芋そうめんに鯛の白子、いわ茸などを盛り合わせた、口当たりが爽やかな一品。左2点/すっぽん鍋は耐熱性に優れ余熱でおこげができる。ご飯の旨さを再認識させられる。食材の特性を見極めて一番美味しい状態で提供昭和7年(1932)に創業した料亭「さいき家」の三代目、才木充さんは「実は料理人にはなりたくなかった」と語る。子供の頃は店と自宅が同じ場所にあったから、父は仕事着のまま家に帰ってきた。それを支える母の苦労を見ているうちに、そんな思いに捉とらわれたのだという。しかし全寮制の高校に進学した頃、考えに変化が生じる。三代目としての道を歩む決意を固め、他の店で修業することを申し出ると、父親からは大学進学を勧められた。大学時代は様々な飲食店でアルバイトをしたおかげで、色々な人と接し、お客様に喜んでもらうにはどうするのか、という姿勢を身に付けた。大学卒業後は関西一円の和食、割烹、ホテルなどで経験を重ねた。なかでも日本料理の第一線で活躍していた村上一氏の下で修業できたのは、何よりの糧になったという。そして29歳の時、実家に戻っている。だが大箱料亭だった「さいき家」は、冠婚葬祭や催事の仕出しなどがメインだった。そのスタイルに違和感を覚えていたタイミングで、建物の老朽化などもあり、店をリニューアルすることになった。そこで平成21年(2009)、店を東山の高台寺にほど近い、静かな小径の奥に移転し、店名も「直心房さいき」とした。平成23年(2011)からは7年連続でミシュラン一つ星を獲得。「全ての食材にこだわるのはもちろん、それぞれの食材が持つ旨味を最大限に引き出すように、下ごしらえや温度などに気を配り料理を仕上げす。なかでも日本料理の骨格である出汁にはこだわっています」利尻昆布と鮪節を贅沢に使用し、毎朝5時から4時間も火にかけ仕上げている。黄金色に輝く美しい出汁は、そのまま飲めば濃密な旨味が口いっぱいに広がる。それでいて濁りは一切感じない極上のものだ。魚は本来の美味しさを味わえるように、和紙で包み軽く塩をする「紙塩」を施す。それにより魚の生臭さが消える。お造りは一番美味しい瞬間を逃さず提供してくれるのだ。野菜は種類ごとに違う契約農家から直接仕入れている。自ら畑に出向いて状態を目で確かめ、その日使う分量だけを分けてもらうので、鮮度は抜群で味も濃い。もう一品、必ず供されるのは牛肉の味噌漬けだ。これはほのかな八丁味噌の香りが、牛肉の甘みをより増してくれる逸品。そしてお昼ご飯でも必ず出される人気メニューが、島根県の棚田で栽培された「仁多米」である。それをすっぽん鍋用の土鍋を使って、ひとつずつ炊き上げている。才木さんが「ご飯だけ食べたいとおっしゃる常連さんも多いです」と話してくれた通り、炊きたてのご飯は甘みが強く、おかずなどは一切不要といっても過言ではない。季節によって、様々な具材を使った炊き込みご飯も提供してくれる。火を止めしばらく置いておくと、鍋の余熱でおこげができ、それがまた最高に美味なのである。じきしんぼう さいき京都市東山区八坂鳥居前下ル上弁天町443-1東山の喧騒とは無縁の静かな空間で茶粥を食す高台寺 松葉亭〈東山〉右/料理の説明をしてくれた女将の畦地真澄さん。店は家族だけで切り盛りしており、おもてなしの心を旅館時代から引き継いでいる。左上/湯豆腐やだし巻き、自家製のつくだ煮などが付く茶粥セット(2000円)。左下/発芽玄米の番茶で炊いた香り豊かな茶粥。香ばしさが口中に広がる。さらりとした口当たりと番茶の香りが引き立つ茶粥青葉が累々と連なる東山の山稜。その山麓には清水寺、高台寺、知恩院をはじめ名だたる古刹が南北に数多く点在し、京都きっての観光エリアとして国内外に広く知られている。「松葉亭」は店名にも冠してあるように、その「高台寺」の近くに暖簾を掲げる料理処である。高台寺は豊臣秀吉の正室・北政所ねね様が、秀吉の冥福を祈るために建立した寺院で、寺の前の散策路は“ねねの道”と呼ばれて親しまれている。近年は産寧坂、二寧坂から続くこの界隈は“喧騒”とも例えたくなるほどの賑わいを見せているが、「松葉亭」はその人波から少し離れた路地に町家の情緒をたたえて静かに佇んでいる。格子戸の入り口から暖簾をくぐり、細長い通路を抜けて中庭へ。明るく開けたそこには苔の色も鮮やかな京都らしい小さな坪庭が設えられ、客はそのまま玄関へと導かれる。「おこしやす」のはんなりとした出迎えと共に通されるのは、床の間のある数寄屋造りの落ち着いた座敷。店というより町家のお宅にお邪魔したような空間に心が和む。「創業は大正元年(1912)ですが、昭和30年(1955)には旅館業も始め、8年前までは“片泊まり”の宿としても営業しておりました。夜は懐石料理、お昼は茶粥や湯豆腐、ひょうたん弁当などをご提供しています」と話す女将の畦地真澄さん。ランチの後の喫茶タイムには、あんみつやぜんざいなどの甘味も愉しめる。わずか10席のみだが、客一人ひとりに目が行き届き、おもてなしするにはちょうどいい規模の席数だという。お昼にいただけるこの店の名物はなんといっても茶粥セット。番茶で炊いた茶粥、だし巻き、湯豆腐、生湯葉の田楽味噌、そして自家製のちりめん山椒、湯葉のつくだに、しいたけ昆布などが添えられる優しい味わいだ。番茶は発芽玄米の宇治茶を使用。生米からことこと炊き上げた茶粥は、香ばしい風味と、胃に染み入るさらりとした口当たり。さらに山椒の利いたちりめんを載せると、また違う味わいを愉しめる。実に美味だ。また、湯豆腐は三条白川にある山崎豆腐店の豆腐を使っている。「毎朝、お豆腐屋さんまで歩いて買いに行ってます。運動にもなるし、私の日課なんでよ」と笑顔を見せる畦地さん。こちらも豆の味が濃い滑らかな豆腐が舌を愉しませてくれる。一方で、予約制(2名以上)の夜のコース料理は本格的な懐石料理。八寸から始まり、お造りや焼き物などが彩りよく供されるが、茶粥をしみじみ味わううち、次はぜひこちらも味わってみたいと思わせてくれた。奈良や京都宇治の朝ご飯としても知られる茶粥だが、京都で本格的に茶粥が食べられる店はそう多くはない。隠れ家的な雰囲気といい、茶粥といい、ちょっと秘密にしておきたくなる、でも、人に教えたくなるそんな貴重な一軒である。こうだいじ まつばてい京都市東山区金園町407※こちらは男の隠れ家2019年6月号より一部抜粋しております
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